悠久の眠りと五分の目覚め

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悠久の眠りと五分の目覚め

 美しい森の中に「」はあった。  「ソレ」は何時(いつ)からか、何処(どこ)からか、何故(なぜ)いるのか、森に住むモノたちは誰も知らなかったが、彼らはソレを気にしたこともなかった。  森の中央で微動だにせず、その身体には(つた)植物が幾重(いくえ)にも巻きつき、花が咲き、(こけ)()していた。何日も何ヶ月も何年も動いた形跡もなく、あたたかな太陽光を浴びて、苔のない部分がキラキラと輝いていた。  ソレは、時には風除けに。時には雨除けに。  毎年、鳥に安全な住処を提供しながら、その場から動くこともなく、ただの置き物のように、森に存在していた。  時間と共に移りゆく季節は、新緑の木漏れ日の中、紅葉の布団を敷き、雪の眠りを誘って、種たちと芽吹いた。  ソレの周りで生命循環があり  ソレの外に森羅(しんら)万象(ばんしょう)があった  暑きも寒きもなく  飢えも渇きもなく  呼吸も鼓動もなく  生くるも死ぬもなく  世界の一画で  輪廻の枠外で  永遠の惰眠を貪っているかのように  ある日。  森に、パキリと枯れ枝が折れる音が響いた。  次いでザクザクと大きな足で土を踏みしめる振動。  ボソボソと言語を持って意思疎通を図る声。  ソレは、二つの紅い光を煌々(こうこう)と輝かせた。 「綺麗な森……誰かいるかしら」 「なにか分けてもらおう。そろそろ蓄えも尽きる」  その動物は歩みを進める。  森の奥へ、奥へ。  目覚めたソレは、たっぷり五分を要して、絡みついた(つた)を引き千切り、立ち上がった。  そして── 「アッ⁈」 「おっ⁉︎」  おそらく──  何が起きたかは当人たちも気付きはしなかっただろう。一組の男女は、眉間から血を一筋垂らし、その場で絶命していた。  ソレは紅い光をゆっくり消滅させて、その場に倒れた。  さながら、糸の切れた操り人形のように  ソレは……いや、は、戦争が産んだ忌まわしき兵器だった。射程圏内に入った生物の足音、声の波長、拍動回数等を計測して、正確に人間だけを射殺する対人用抹殺機械。  彼は無慈悲に、無感動に、無機質に──生き残った僅かな人間を一瞬で滅ぼした。  彼は──とある国が戦争の末に作った非情なる凶器であった。他の先進国に負けまいと、傲慢と自尊心で必死で作りあげられた……不細工で無骨な武器。  安い賃金と苦しい労働条件と愛する家族を人質と取られて出来上がった憎しみの殺人マシンは、作った人間も、起きた戦争も、敵国すらも、遥か昔に置き去りにして、現在(いま)もなおその命令を忠実に実行していた。   ──人間を根絶やしに──  彼はセンサーを常に張り、ひっそりと仕事をこなす。  解析した答えの示すままに──彼は虚無の底から目覚めては五分で生命を終わらせることが出来た。  木々のざわめく昼下がりにうたた寝をしながら  雛鳥の(さえず)りを側で聴きながら  銃口の真横に咲いた可憐な勿忘草(わすれなぐさ)が、硝煙(しょうえん)に煽られて青い花弁を揺らしていた。  ああ、この世界は、なんて美しい  川は澄み、風は清涼で、山は汚れることなく、生態系を維持している。  絶滅危惧種なんて生き物はおらず、正しい場所で、正しく繁殖し、正しく死んでいった。  自然は厳しくも優しく、冷たくもあたたかい。ときどき牙を剥いて困らせはするけれど、それもやはり、自然なことなのだ。  今の地球は美しい  儚くも強く、脆いようでたくましい  命ひとつひとつが存分に生を(うた)いあげ  己が内にあるそれを精一杯昇華していて──  そんな世界の中心で  彼はまた幸せな眠りに就く  燦燦(さんさん)と降り注ぐ陽光(ようこう)揺蕩(たゆた)いながら  今日も緑の夢を見る
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