583人が本棚に入れています
本棚に追加
ここで死ぬのだと思った。
明確な殺意を持って僕らに迫る怪異に、それでもなお抗う方法など、見当たらなかった。
だから、僕がどうしてこの時、その一言を発することができたのか。
それは、未だにわからない。
「松留久作さん」
――小指の集合体は、僕の喉元スレスレで、動きをピタリと止めた。
「あなたが住んでいた場所に、行ってきました」
そう、その名は、今やおぞましく変わり果ててしまった彼が、かつて呼ばれていた名前。
「みんな、心配してました。勝蔵さんも、道吉さんも、久作さんに、会いたいと」
指が、迷い悩むように僕の目の前で蠢いた。
「だから、久作さん……!」
しかし次の瞬間、僕の首に指が食い込んだ。
――いや、食い込む寸前で、僕の右耳を掠め真っ黒な腕が伸びた。その腕の先には、スタンガン。
「続きは、痺れながら聞いてくれ」
右腕を指でできた触手の内側にねじ込む。バチリという激しい音と焦げ臭い匂いが辺りに満ちた。曽根崎さんは、今度こそ、指の塊――久作さんに、電撃を食らわせることに成功したのだった。
最初のコメントを投稿しよう!