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次に目が覚めた時、僕はまたしても知らないベッドの上だった。
二日連続でこんな事態、僕が女の子だったら大変だぞ、これ。
「起きた?」
物音に気づいたのか、今回の家主だろう阿蘇さんの顔がひょっこり覗く。今まで警察帽で見えなかったが、この人の頭はモジャモジャじゃない。普通の黒い短髪だ。しかし、常時でも睨むような鋭い目つきは、なるほど誰かさんにそっくりである。
「起きました。すいません、どれぐらい寝てました?」
「今は朝の十時だ。疲れてるならまだ寝てていいぞ」
「いえ、起きます。ベッドも借りてしまい、ご迷惑をかけました」
「クソ兄に比べたら全然。昨日あんなことがあったんだ、気にすんな」
阿蘇さん、かっけぇ。
お礼を言うと、彼は構わないと言わんばかりに首を振り、僕をリビングに呼んだ。ついていくと、そこには温かな朝食が僕を待ち構えていた。
「うっま……!」
一口食べるなり、つい敬語を忘れて感想が漏れた。なんだこの目玉焼き。半熟具合最高じゃないか。塩胡椒もいい味出してる。パンに挟んで食べたい。
うわー、ご飯も旨い。どこの米使ってんの? 味噌汁も多分これちゃんと出汁取ってるやつだ。美味しいもん。
無我夢中で食べてると、阿蘇さんが片手で額を押さえ、天を仰いでいた。
頭でも痛いのだろうか。
ご飯を食べる手を止めずに眺めていると、やがて彼は言った。
「景清君、俺の弟にならね?」
いきなりどうしたんすか。
「いや、ごめん。俺それなりに料理に自信あんだけど、兄さんってあんな感じだろ。作り甲斐が無いっつーか……」
「ああ、わかります」
「こんな美味しそうに食べてくれて、滅茶苦茶嬉しい。なんか泣きそう」
「そこまでですか……」
こんないい弟さん泣かせて、あのオッサン、いよいよダメだな。
「仕方ないですよ、曽根崎さん味覚死んでるんで」
「そうなんだよ。あれにご飯作ってると、ゾンビに餌やってる気分になる」
「多分腐ってても気づきませんしね」
「……つくづく面倒をかけるな、景清君」
「そうでもないですよ。僕はお金貰ってるし、阿蘇さんほど料理が上手なわけじゃないんで、そんなダメージ無くて」
「そう?」
阿蘇さんは首を傾げている。血を分けた兄弟がそこで疑問を抱くほど、あの人は酷いのだろうか。
「兄さん、結構偏屈だろ。あんまり人付き合いも上手じゃないし」
「変な人ではありますけど、コミュニケーションは取れるんで……」
「景清君は懐が深いんだな」
「そうですかね?」
「おう」
食後のデザートまでご馳走になってしまった。杏仁豆腐とかどうやって作るんだろう。
ところで、さっきから件の人物が見当たらないのだが。
「……曽根崎さんは、もう事務所ですか?」
「お寺に行くとか言ってたかな」
「え、僕も行きたかったのに」
「……兄さんから事情は粗方聞いたよ。殺されそうだったってのに、人がいいもんだ」
半分呆れたように、阿蘇さんは言った。
「そんなんじゃ早死にするぞ」
「頑張ります」
「困ったらいつでも頼ってくれていいからな」
「ありがとうございます。阿蘇さんって、面倒見がいい方なんですね」
「フフ、うるせぇだろ」
うお、かっけぇ。きつい顔してるけど、ベースは整ってるから笑った時の破壊力が大きいんだよな、この人。
阿蘇さんと曽根崎さん、顔は結構似てるはずなんだけど、この違いは何なんだろう。
清潔感?
「あ、そうだ」
思い出したように阿蘇さんは机を叩く。
「荒らされた景清君の部屋について、事情聴取しなきゃな」
「あー……忘れてた」
「被害届出す?」
「一応出しとこうかなと」
「兄さんとこの事務所も似た被害が出てるらしいしな、犯人が見つかるかはともかくそれがいい」
「その辺りも阿蘇さん、聞いてるんですね」
「おう、犯人は人間じゃねぇってとこだろ」
事も無げに言うものだ。
「阿蘇さんは、そういった怪異をいくつか知ってるんですか?」
「まあ、兄さんの影響と仕事柄どうしても、な」
「じゃあ、なんで曽根崎さんが積極的に関わるようになったのかも?」
「……全部知ってるわけじゃねぇけど」
ここで初めて、阿蘇さんは言葉を濁した。本当に知らないのか、あまり僕に話したくないのか、どちらだろう。
阿蘇さんは僕から目線を逸らし、何もない壁を見つめる。
「聞きたきゃ本人に聞け。俺からは言えん」
「わかりました」
「よし、そろそろ送っていこうか。とりあえず今日はゆっくり休め」
「はい。……あ」
「どうした」
立ち上がって車のキーを手に取る阿蘇さんに、僕はどんな顔をしていいかわからず、引きつった笑みを浮かべた。
「……今、僕の私物、曽根崎さんの家に置きっ放しで」
「……あー……」
「家も散らかってるし。これ、どうしたらいいと思いますか」
「……家の片付けぐらいは手伝ってやるけど、その状況だと兄さんの家に行った方がいいかもな」
阿蘇さんは困ったように頭をガリガリかいた。そして、スマホで電話をかける。相手は言わずもがなだ。
「……今、事務所にいるっぽいから、とりあえずそこまで行くぞ」
振り返った阿蘇さんに、僕は頷いて返した。
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