第1章 円を描く小指

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 しかし、どこから手をつけるというのだろう。なんとなく曽根崎さんについてきたはいいものの、今の所その辺を歩いているだけだ。これでは、彼のペースに合わせたただの散歩である。  沈黙に耐えられず、曽根崎さんに話しかけた。 「……目星はついてるんですか?」 「何の?」 「犯人の」 「そうだな、厄介じゃなきゃいいなと思う」  願望だそれは。頼りないな。 「何からやります? 給料貰うからには、僕も手伝いますよ」 「お、やはり持つべきものは金で動く部下だな」 「それ褒めてませんからね?」 「そんな景清君に頼みたいことがある」  夕焼けの赤が、まるで血のように道路を照らす。そこを指差す曽根崎さんの顔も、血の色に染まっていた。 「私の推測だと、ここに次の指が出現する」 「……ここですか?」 「そうだ」 「……聞きたいことが渋滞してるんですが、それで僕は何をすれば?」 「指を探せ」  断りたい。めちゃくちゃ断りたい。なんで、そんな不気味極まりないものを探さなくちゃいけないんだ。  だけど、手伝うって言ったしな。 「……しょうがないですね」 「うむ、這いつくばって地面を舐めるが如く探せ!」 「うるさいなあ、ちゃんと探しますよ。でも、なんでここに出現するってわかるんですか?」 「マッピングの成果だよ。どうもこの指共は、一定の法則に従って現れているようだ」 「一定の法則?」 「……とある場所に向かって、円を少しずつ狭めていくように動いている」  ――まるで、じわじわと標的をいたぶり追い詰めるように。  姿すら想像できない何かに、背筋がぞくりとした。 「……何のために?」 「そこまではわからん。だから、指を持って本陣に斬りこもうかと考えてる」 「本陣……ああ、小指の行き先ですか」 「この依頼の大元もそこだと私は睨んでるんだ。解決してやると言えば、多少の情報提供はあるだろ」 「そう上手くいきますかね」 「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、と言うだろ。つまり頑張ろう」 「今頑張ってるの、僕だけですけどね……」  ぼやきながら、それでも目線は地面から外さない。だけど、いくら探してもそれらしき物は何も見つからなかった。  もしかして、探す範囲が悪いのだろうか。猫がくわえてたって話も聞いたし。そう思いながら、顔を上げようとした時だった。  虹色の光が、視界の端で瞬いた。 「……こちらを向くな、景清君」  張り詰めた曽根崎さんの声に、体が硬直する。――ああ、まずい。この人が、こういう声になる時は。 「目を閉じろ。私がいいと言うまで開くなよ」 「……」 「そうだ、それでいい」  目を閉じる。何も見えない。脳裏に、虹色の光がこびりついたようにチカチカしている。息の一つすら、することが怖かった。  ――聞いたことのない甲高い音が、一瞬、僕の前を通り過ぎた。 「景清君」  曽根崎さんの呼び掛けに、止めていた息をプハッと吐いて目を開けた。振り返ると、彼は腕組みをして電柱にもたれていた。 「すまん。既に指は通り過ぎたと思っていたが、違ってたな」 「それって結構危なかったんじゃ?」 「そうでもない。精々死ぬかもしれなかったぐらいだ」 「最悪の結果じゃねーか!」 「まあ向こうは危害を加えるつもりはないようだぞ。少なくとも今は」 「全然安心できませんよ……。それで、見たんですか」 「いや、埋まってたから完全には見えなかった」 「埋まってた?」 「うん。あれは地中を移動してる」  モグラか? 「……穴を掘って移動してると」 「そうだ」 「それじゃ、残土が出るはずでしょ。そんなものは見当たりませんが」 「知ってるか。前に向かって穴を掘りながら、通ってきた穴を埋めていけば、理論上残土は自分の分のスペースだけ最初に掻き出しとけばいい」 「でも、それだと息ができませんよ」 「だから時々呼吸しに地上に出てきているんだろ」  曽根崎さんは、体を折り曲げて何かを拾い上げた。 「もしかするとこれは、そういった役割なのかもな」  その手には、生々しく血が滴る、千切れた小指。 「やはり、これは私向けの案件だったようだ」  曽根崎さんは、そう言うと、口角を上げて笑った。多分愉快でもなんでもなく、何なら少し怖いのだろう。僕は何も言わず、曽根崎さんにハンカチを差し出した。
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