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佐谷田さんは、頭を抱えて俯いている。さっきまで高圧的な人ではあったが、そんなことをされると可哀想に思えてくる。
僕は黙って曽根崎さんの顔を伺った。
「景清君、今日の晩御飯は?」
え、この流れで帰るの? やっぱり?
「……シチューにしようかと」
「何肉?」
「豚です」
「鳥は?」
「鳥も入れましょうか?」
「おお、贅沢だな」
「僕の金じゃないんで……」
「そういうことかよ。なんてやつだ君は」
それでもシチューは楽しみなのだろう。心なしかウキウキした足取りで、彼はドアへと向かう。僕もそれに続こうとしたが、佐谷田さんの声が割って入ってきた。
「待ってくれ!」
足を止める僕とは違い、もう曽根崎さんはドアを開けている。ちょっとぐらい待ってあげたらいいのに。
佐谷田さんは切羽詰まった表情で、こちらを見ている。
「……君らは、信用していいのか?」
「景清君、帰るよ」
「ま、待て! 違う、この件は最重要機密事項で、外部に漏らすわけには……」
「そうですか。それじゃ」
「……っ!」
見てられないなあ。
どんどん外に行こうとする曽根崎さんの腕を掴んだ。
「曽根崎さん」
「……もー、お人好しだな、景清君は」
「もう少し話を聞くだけならいいんじゃないですか?」
「わかってるのか? 君だって危ないんだぞ」
「……」
「うーん、あー、もー」
曽根崎さんは、面倒そうに頭をガリガリかいた。
「ほんとにちょっとだけだぞ!」
「はい。それで気に入らなかったら、今度こそ帰りましょう」
「佐谷田さん、そんなわけでもうちょい腹割って話せますか?」
鋭い眼差しが佐谷田さんに刺さる。佐谷田さんは、しかし迷っているようだった。
「……私は、命が惜しい」
「ええ」
「だがその為に、会社の機密事項を吐いてしまっていいものか」
「知りませんよ」
冷てぇ。
「……最悪、私は組織に消されるかもしれない」
なんだそれ。まるでマフィアだな。
だけど佐谷田さんの顔つきは硬く、どうやら物の例えで言っているわけではなさそうだ。
「……まあ、組織とやらに消されなくても、明後日には小指に殺されますよ」
そしてこちらはやはり冷たい。いつの間にやら長い足を組んで、向かいのソファーに腰を落ち着けていた。
「割り切りたいというなら、私とやる最初のビジネスと考えていただければ。今回の件がうまくいけば、今後似たような事例が起こっても、スムーズな対応ができるでしょう」
「……」
「命より重く、大切なものがあるというなら、後生大事に抱えて沈んでしまえばいい。それも一つです」
「……それは嫌だ……私は、生きたい」
「それでは、どうぞ情報をお教えください」
「……しかし、君らは、これをタネに強請ったり、公表したりするんじゃないか」
「先程も申し上げましたが、金には困ってません。公表する気もありません。本当は興味すら無い」
「では、なぜ君はこんな酔狂なことをする。まさか慈善事業とは言わんだろう」
「……」
曽根崎さんは怒っているような顔になった。それに怯んだ佐谷田さんだったが、僕にはわかった。
困り顔なんですよ、それ。
「……私は、私の目的があって、こういった怪奇に関わっています。幸い、能力もそれに見合ったものでしたから、これで食べていくこともできるようになってしまいました。多分、その辺りが理由です」
雲を掴むが如くの、なんとも頼りない説明だ。だが、さっきの怒り顔で気圧された佐谷田さんは、納得したらしい。
「……わかった。……最後に聞くが、情報を渡せば、本当にあれを消してくれるんだな?」
「こっちが死ぬかもしれないので絶対とは言いませんが、善処します」
「……よし。では、話そう」
佐谷田さんの額には、脂汗が浮かんでいる。それを拭おうともせず、彼は顔の前で手を重ねた。
「――君は、既にあれの形を見たか」
「地中に埋まっていたので完全には見えていませんが、想像はつきます」
「そうか」
息が詰まるような空気だ。得体の知れないものに命を狙われているのだから、こればかりは仕方ない。
佐谷田さんは、絞り出すような声で言う。
「あれは、この研究所で生まれた」
そんなことだろうと思っていた。
「――元は、人間だったものだ」
その言葉に思わず息を飲む。それでも曽根崎さんは予想をしていたのか、ただ眉間に皺が寄せただけだった。
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