それがプロポーズだとまだ知らない

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 だがそれをこの期待の眼差しに言えるだろうか?いや、言えない。昔の俺なら言ったかもしれないが、今の俺には間違っても言えない。  努めて顔に出さないように気をつけながら、出来るだけ短い咀嚼で飲み込んだ。素知らぬふうで、笑ってみせる。 「う、うまいよ。うん。うまい」 「ほんと?よかったあ。料理なんて初めてしたから、緊張してたんだあ」 「初めてにしては良くできたんじゃないか」 「嬉しい!また作るね!もっと上手くなるから!」 「おう」  多少嘘をついたことに罪悪感がないわけじゃないが、彼が笑顔でいられるならそれでもいいかと思い直す。  焦げが少なめの物を選んで、もう一つ口に運ぶ。やっぱり苦味があるけれど、彼が嬉しそうに俺を見ているのは存外悪くない気がした。  いくつか口に運びながら、苦味をお茶で流して食べることを繰り返しながら、ふと気になったことを聞いてみる。 「ところでこれは何を作ったんだ?」 「え?」 「え?」  黒い塊を箸で掴んで聞くと、彼はきょとんと首を傾げた。それから一拍開けて、小さい声で「……唐揚げ」とだけ言う。
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