遠い夏の残火

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*  私が長野県の安曇野の家で過ごしたのは、今より二十数年前。中学二年生の夏休みの事だった。  両親が共に仕事で家を留守しがちになってしまうため、父方の遠い親戚の家に預けられる事になったのだ。  一人で過ごす事には慣れている子供であったが、学校のない一ヶ月間、家に籠ってゲームばかりさせておくのはよくないと考えられたのだろう。  安曇野へは、父親の運転する車で向かう事になった。三時間程の道のりである。  道中、私は頑なに無言を貫いていた。中学二年生、思春期の真っ只中である。父と母の憂慮に気付けるはずもなく、自分が留守番の一つも出来ないと思われている事への苛立ちや、一ヶ月間他人の家で生活をしなければいけないという不安から、直前まで安曇野へは行きたくないと駄々をこねていたのだ。  そんな私を見かねてか、父は頻りに声をかけてきた。長野は蕎麦が美味いとか、自然が綺麗だといった話で、どうにかして都内から一度も出た事がない私の気を惹こうとしていたようだが、ヘソを曲げている私にとっては逆効果でしかなかった。  次第に父も機嫌を損ねていき、口数が減っていった。元々父は、私と接する事を苦手としていたように思う。おそらく私達は、一般の親子と比べて共有している時間が少なかった。
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