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冷めた空気に、高くなった星空。
12月は、夜の光が綺麗な季節だ。
私の名前はユキ。都内の食品系に勤めるしがないOL。ちなみに今年26である。今日は、同期で仲良くしているモモと久しぶりに飲もうということで新宿に来ている。お店はモモが決めてくれると言うので、私はノープランでモモについていった。
「ねぇ、どこまで行くの?」
「いいところ」
なにそれ、と思いながら歌舞伎町一番街、と書かれた赤いネオンサインの下を通った。私は、道行く派手な頭のお兄さんや、スカート丈が短すぎるお姉さんを横目に、どんどん先に進んでいくモモを追いかけた。
「着いたよ、ユキ」
「え、ここ?」
私たちの前には、金髪の男性が決めポーズをしている看板と、その横に金の装飾が施された重たそうなドアがあった。
「ホストクラブ?」
「そう。実はね、私も一回も入ったことがなくて。人生で一回くらいは経験してみたいなって思って」
「ここで飲むの?」
「そう。初めてだと安いよ」
幸い今日はお給料日で財布も厚い。それに、モモの言う通り社会勉強になると思ったので、私はしょうがないなーと口では言いつつ内心わくわくしながら了解した。
ギラギラしたドアを両手で開けると、強い香水の香りが漂ってきた。
中は薄暗く、天井にはでっかいシャンデリアがついていた。
「なんか、夜の世界って感じだね」
モモは私にだけ聞こえるくらいの声で言った。
私たちに気付いたスタッフが案内してくれて、ふたりは黒い長いイスに並んで座った。
「初めてのご利用ですか」
「はい、初めてです」
モモがそう答えると、そのスタッフはなにやら黒くて大きい本を持ってきた。
「でしたら、この中から好きな人を選んでください」
開くとそこには何人もの男の顔があった。すごい、よりどりみどりだ。
「どうする?モモ」
「私この人!顔が好き!」
は、はやい。即決。
スタッフは胸元のポケットからボールペンとメモを取り出すと、白紙に「リョウマ」と書いた。
「あなたは、誰にしますか?」
「えっ、えっと、私は…」
うーんみんな同じ顔に見える。人を見た目で判断するのって意外と難しい。
3ページ目をめくったあたりで、金髪の、女と言われても分からないような中世的な顔をした人が出てきた。イケメンだけど、私はなんとなく、この人守ってあげたくなるなと思った。
写真の下には「シイナ」と書かれていた。
私は顔を上げて答えた。
「じゃあ、シイナさんで」
数分後、モモが指名した人が来た。モモは目をハートにしながら自己紹介していた。
モモ楽しそうだな、と思っていると右上から声が聞こえた。
「ご指名ありがとうございます。シイナです。今宵は素敵な夜にしましょう」
「あ、ユ、ユキです。よろしくお願いします」
シイナさんは写真で見るよりカッコよかった。いや、カッコイイというより、綺麗だった。全身が輝いていて、宝石みたいだなと思った。
「ホストは初めて?」
「あっ、はい」
「そっか。緊張してるの?」
「えへへ、少し」
「君のことがよく知りたいな、趣味とか好きなこととかある?」
「うーん…あ、本が好きです」
「本か。どんな本を読むの?」
「あ、最近ですと『群青のリング』を読みました」
「あー今度映画になるやつだよね。どんな話なの?面白い?」
「はい、女子大生が小説家に恋をする話なんですけど、まず出だしの一文が控えめに言って最高ですし、最初の方でたくさん出てくる伏線がラストで全部回収されるのが爽快ですし、登場人物の会話に言葉遊びが散りばめられてるのもいいし、主人公が葛藤の中でのたうち回る感じとか読んでてすごく共感できるし、終わり方も読む人によっていろんな解釈ができて」
突然堰を切ったように話し続ける私を見て、シイナさんは茫然としていた。
「わ、ごめんなさい。しゃべりすぎました」
「…」
え、引いてる?ホストを引かせるって私…。
「ふふふ…あははは」
「えっ」
「ふふっ…君、面白いね」
め、めっちゃ笑ってる…。でも引いてないみたいで良かった。
それにしても、この人、ずいぶん子どもみたいな顔で笑うな。普段はスーツ着て大人っぽく見えてるけど、こうしてみると、なんだか、すごく…。
「可愛いですね」
「うん?」
「あ、あの、シイナさんが。笑うと可愛いなって」
「僕が?面白い冗談を言うね。君の方こそ、いたいけな子猫のように可愛いよ」
「いたいけな子猫すか」
「それはそうと、君の好きな本の話をもっと聞きたいな」
「え、もっと話していいんですか」
「もちろん。聞いててすごく楽しいよ」
そう言われて私は嬉しくなり、その後も本の話をひたすらし続けた。
誰かに本の話を思う存分にできるのは久しぶりで、私は楽しくて楽しくてしょうがなかった。シイナさんは優しく微笑みながら、たびたび私に相槌を打ってくれた。
そのうち時間になり、私たちはそれぞれのホストに手を振って店を出た。
「楽しかったねー!」
「うん、すごく」
入る前は不安もあったけど、思ったより楽しくて、私はまた来てもいいかな、なんてことを考えていた。
「それにしてもさ、あんなにイケメンだと、ガチ恋する人も結構いそうだよね」
「あー、確かに。あんなに愛の言葉囁かれて、商売だって分かってても、ちょっと期待しちゃいそうだよね」
「そういえばさ、ホス狂いの友達に聞いたんだけどさ」
ホス狂いの友達がいるって、モモの交友関係どうなってるんだろう…と内心思いながら、私は頷く。
「ホストって私たちのこと絶対『君』って言ってたじゃん」
「確かに」
私もシイナさんにそう呼ばれていた。
「でもね、本命の子だけは名前で呼ぶらしいよ」
ふーんと言いながら、私には関係ないなと思った。だって私がホストに本気で恋するわけないから、名前で呼ばれようがそうでなかろうがどうでもいい。
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