賊の頭 鶴

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 地に落ちたその肉塊は、虚ろな瞳のまま真っ青な空を見上げている。  それを確認した源太は大声で自らの行いを叫ぶ。   「ま――丸人! 討ち取ったりぃ!」  それを聞いた村側は勝ちどきをあげ、大将を失った兵は敗走を始める。    源太は逃げるために向かってくる武者に、丸人が握っていた薙刀を持つ。 「ぐぁ! お、重い! だが逃がさねぇぞお!」  遠心力をつかい、重い一撃を腹めがけて放つと、甲冑に塞がれるが骨を折るような感覚が手に伝わり血反吐を吐きながら一人倒れる。  追い打ちをかけ始める村人たちに、弥彦は告げる。 「深追いは絶対にするな! 喜三太! 火を放て!」 「あいよ! 動く的には当たらないがこれならば!」  源太の一撃を逃れた兵が二人ばかり抜けるのをみて、喜三太たちは敷き詰められた稲わらに向かって火矢を放つ。  乾ききった稲わらに火がうつり、弥彦たちの周りは火に包まれていく。 しかし、火のまわりは遅いが視界的な恐怖も加わり、武者たちは悲鳴をあげながら逃げる。    追いつかれた者は、ためらいもなく錆びて切れ味の鈍くなった鎌で斬られ、ある者は竹槍で背中から一突きされていた。  そして、終わりを告げる太鼓が打ち鳴らされた。  それを聞いて村人たちは追いうちをやめ、その場で武器を掲げ勝ちどきをあげる。 「か、勝ったぞぉ‼」  村側の被害、死者二名、軽傷者数名。  丸人側の被害、死者九名 重傷者二名となり、傷を負って捕らえられた二人も息は長くない。  完全に弥彦たちの勝だった。 それを山の上から見えていた鶴は、向きを変えると後ろに控えている姑獲鳥の仲間に言い放つ。 「おい! 次はこっちの番だぞ!」   「「「ぅおおおぉ」」」  山と村の双方から声が、小さな谷の村に響く。  そして、稲わらは次第に強さを増し、今年育てている稲も燃え出した。 「い、稲が……」  黒い煙があたりを覆う、白い煙は黒い煙の下を縫うように抜けていく。   「オラたちに後はない、進むしかない!」  これは、弥彦たちの決意の表れだ。  彼らは立ち止まる術はない、止まることは即ち『死』を意味している。  ただ朽ちていく未来に抗うために、立ち上がった。    火は村とは反対の方角へ広がりだし、熱い日差しを更に強めていく。  燃え盛る稲は、今後の彼らの門出を祝うかのように真っ赤に、なかなか灰にならず、ただ燃え続けている。    村人たちが、倒した兵の処理や村人の弔いに移りだした頃合いに、逃げ出した兵は息をきらしながら甲冑を捨て、休む間もなく館へ向かって走り続けていた。  館のまわりでは忙しく誰かを探す人影がいる。 「お! 見ろ! 戻ってきたぞ!」  物見櫓の兵が疲れ切った兵を見つけ、周りの仲間へ伝えた。  門は開かれ、一番先頭をきって走り出した男がいる。丸人とは違い小柄ながらも鍛え上げられた体に俊敏な動きはまるで走る小鬼のようであった。  その男の名は 屋派 全人とよばれ生えそろった髭を垂らし、着ている服は乱れ長い間息子を探していたのが伺える。   「おぉ! お前たち丸人は? 息子はどこだ⁉」  疲れ、胃液を吐き出しながら倒れこむ兵を掴み上げると、問いただしている。   「も、申し訳ございません……丸人様は……丸人様は」  力なく泣き始める武者を見て、息子の状況を察した父は遠いところを見るような目になり、掴んでいた兵を離し膝をついて地面に倒れる。 「な、なんと」  その後に残りの兵も戻り、詳しい現状を聞いた全人は小さな体を小刻みに震わせ、顔を真っ赤にしながら怒りを露わにする。 「お、おのれ! 谷の村どもが! 死なない程度に生かしておいたのに! 裏切りおったな!」  息子の死の報告と、揃えた強者たちが成すすべなく敗走した事実は全人を振り立たせた。   「出来の悪い息子であったが、ワシの愛する息子よ……今、仇を討ってくれる! 直ぐに戦の準備じゃ! 館にいる兵と馬を全てだせ!」 「し、しかし、我々だけで大丈夫でしょうか? 御家人に頼んで」  後ろに控えていた部下が進言をしたが、全人は振り返るなり刀を抜くと、進言した男めがけ躊躇なく斬り殺した。 「アガァッ‼」 「ヒッ!」  周りの人が恐れを抱いた目で彼を見つめる。 「だれが御家人なんぞの力を借りるか! 息子の仇は父であるワシが討つ! 文句のあるやつはここに名乗れ! 今すぐ斬り殺してやる!」  それを聞いた部下たちは顔を真っ青にしながら、誰一人として全人に物言いをする人はいなかった。 「わかったら! 直ぐに準備を整えろ! いいか、全員だ。 ワシの全力をもって村を滅ぼしてやる」
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