賊の頭 鶴

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 全人は急ぎ支度を済ませながらも、部下にあるモノを準備させている。 「全人様、本当によろしいので?」 「あぁ、構わない」  夕暮れが迫る時刻になっているが、出陣は完全に日が暮れてからになろう。  急ぎ松明の準備も整えられている。  馬には腹いっぱいの飯を食わせ、兵たちも腹を満たし武器を持ち甲冑に着替えると中庭に向かっていく。  そこには、既に準備を終えた騎馬武者十騎が全人を一番後ろに鋒矢(ほうし)の陣をしいている。  早くも戦闘態勢は整っていた。 「遅い! 歩兵は、すぐに騎馬を中心に鶴翼(かくよく)に! 一気に決着をつける」 「御意!」  両翼に二十五の歩兵を展開し、中央に騎馬隊をすえた攻撃的な陣形は丸人にはできなかった。六  そもそも、戦の知識も経験もない彼が兵を率いても勝てると侮っていたのが最大の敗因である。  それに引き換え、父親は確実に敵の息の根を止めるために陣形を整え、総勢六十もの手勢を率いて谷の村の攻略へ向かう。  館に残すのは、丸人に同行し疲れ果てて戦力にならない武者数名と、伝令係の兵のみを残し、文字通り『全軍を持って』進撃を開始した。 「憎き賊を討ち滅ぼし! 息子の無念をはらさん! いざ前へ! 己の力を信じ、ただ目の前の敵を殺せ! よいか、絶対油断するでない! あやつらは人の皮をかぶった鬼である! 貴殿らは鬼退治を行うのだ! 人の地に居座る悪鬼どもに天誅を!」 「「「天誅を‼」」」  重い門が開き、左右を松明で照らした歩兵と中央を騎馬隊が進軍を開始しする。  すでに暗闇が支配する世界になっているが、全人の眼には無惨に命を落とした息子の形見である扇子を見つめていた。 「待っていろ、私がお前の仇をとってやる。必ず……」  ***  全人が進軍を開始するよりも四刻(約二時間)ほど時間は遡り、丸人を討ち取った村が歓喜に包まれている中、弥彦は次なる戦に備えてすぐに準備を始めたいた。 「喜三太! 悪いが今度は女、子どもにも手伝ってもらう」 「わかった。 して、なにを?」 「すまないが、出来るだけ多くの松明を等間隔で両脇の山の目立つ中腹に揃えてほしい」 「わかった。 それなら人では必要だな、とりあえずすぐに取り掛かる」  弥彦の指示を受け喜三太は手の空いている村人たちを集め、すぐに準備に取り掛かった。   「や、弥彦! オラは、オラはどうすれば!」  大きな薙刀を持っている源太が弥彦に詰め寄って来る。  鶴に約束の褒美の「前金」として、戦果であった武者たちの装備を与えたが、この薙刀だけは受け取ってもらえなかった。  むしろ、長物はいっさい見向きもされず小太刀などを姑獲鳥の連中は欲していた。  鶴曰く。 「こんな長い得物、山の中だと邪魔でしょうがないだろ」  そういう理由で長物が余り、数少ない武器として村人に渡る。  源太を中心とした戦意の有る若者を中心とした部隊をつくり、その隊に武器を最初に配っている。  長弓も山での戦闘には不向きということもあり、喜三太を中心に集めた仮の弓隊に配り終えていた。 「源太、お前たちには申し訳ないが、再度前線に出てもらう。 しかし、今回は奇襲は無しだ」 「つ、つまり正面衝突ってことか?」  コクリと弥彦が頷くと、源太は武者震いをおこし勢いよく部屋を出ていくと仲間を集め話し合いを始めた。 「それで、弥彦やそろそろ私たちの力が欲しいころだろ?」 「そうだな。鶴、頼みがある」  今までの流れを彼の背後で静かに聞いていた鶴が動いた。  家の周りには鶴の配下が、まだかまだかと出番を待っている。 「今から策を渡す――頼めるな?」 「いいとも、姑獲鳥の強さ見せてあげる」   「敵は、おそらく直ぐにこちら向かって兵を差し向けてくる。 もちろん大将もだ」  自身の息子の仇を討つために、家にこもっている親などいるであろうか?   必ず表に出て来ると弥彦は信じている。 「決戦は夜遅くになると思うが、鶴には足の速い者を選んですぐに出立してもらいたい」 「へぇ、いったいどんな策なんだい? ここには山猿と腕の立つ部下を残していくよ。 好きに使いな」  弥彦が申し訳なさそうに頭を下げると、床に敷かれている地図をもとに作戦を彼女に伝えだした。  それを聞いた鶴の瞳は大きく見開き、興奮を隠せずにはいられない。 「わかった。 私はお前を信じるよ! そうと決まればすぐに出立だ!」 「武運を」 「誰に言ってるんだい?」  彼に背を向けながら小馬鹿にしたように微笑むと、勢いよく扉を開き一緒に行動する人を手早く選び行動に移した。 「行くぞ! お前たち!」 「「「るぁぁああああ!」」」  
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