賊の頭 鶴

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 全ての準備が整い、村の周りは未だに燃えカスが残り暗闇の中に奇妙な赤い炎の光が力強く存在感を示していた。  部屋の中で物思いに耽っていた弥彦に伝令がもたらされたのは、鶴が出立して二刻以上も過ぎたあたりだ。 「伝令! 伝令! 向こうの山より敵影多数! 松明片手にこちらに進軍中!」 「きたか……」  予想以上に足が遅い。 息子は功を焦るあまり速足でこちらに向かってきくれたら結果として兵は疲れ、全力を出せずに敗走していく。  しかし、今回は歩兵と騎馬の隊列を崩すことなく進軍をしている。  これは思った以上に強敵かもしれないと彼は思った。 嫌な空気が弥彦の頬をなでる。 「村人たちへ! 策どおりにと!」  伝令係へ告げると、彼はまた来た道を戻り村中へ弥彦の指示を伝えた。 「鶴よ――頼む!」  ***  その頃、進軍していた全人は村の様子を見ると思わず軍を止めて景色を眺めてしまった。 「ここは地獄か」  村の入り口から全人たちが来た方角に向かって稲を燃やした炎がくすぶって淡く狂おしいほど綺麗な赤で夜の地面に絵を描いている。  それはまるで、いつぞやの書物で読んだことのある地獄の景色に似ているのでは? そう彼は考えた。 「まさに、鬼の住む谷か皆の者! 気を抜くでないぞ!」  陣形を崩すことなく村までまっすぐに進んでいると、少しだけ道幅が狭くなる箇所になり、仕方がないので最初に騎馬を通し、歩兵を待っていると、あたりに木の太鼓が打ち鳴らされる音が聞こえてきた。 「て! 敵か?」  歩兵たちは急いで一ヶ所に固まると守備の陣形をとり、騎馬兵も刀や槍をもって応戦の構えをとった。  されど、敵は姿を見せずにすぐさま静寂が辺りを支配しだした。 「……警戒を怠るでないぞ! 歩兵はゆっくり動き、陣形を整えろ」  兵が動きだそうとしたとき、村側から一斉に山の中に灯りが灯りだした。   「き! きたぞ!」  一人の兵が叫び、届くはずもない山中に向かって矢を放った。 「愚か者め! 狼狽えるでない!」    しかし、瞬く間に広がる灯は煌々とその存在を彼らに主張していた。 その数は村人の戦力の五倍以上で全人率いる軍よりも圧倒的な数だ。 「えぇい! やはり物の怪の類であったか⁉ 出てこい! 変な妖術など使いおって!」  谷に全人の声が響き渡る。 されど炎は答えずにただ揺れているだけだ。  この出来事に狼狽える兵の緊張が馬にも伝わり、騎馬武者たちもアタフタしだした。 「全人様! 囲まれおります! その数およそ三百!」 「馬鹿な! あの小さな村にこれほどの兵がいるはずがない! ならば、あれは灯りだけだ。 そうでなければ、鬼火よ!」  最後の言葉に小さな悲鳴があがるが、全人は全員に喝を入れると歩兵を外に円状に配置し、中心を騎馬で揃えた方円の陣形をとりながら、ゆっくりと谷を進んでいく。 「ほれ! みろ、敵はなにもしてこない。 やはりハッタリか!」  ビクビクと震えながら辺りを警戒しつつ進んでいく。 その歩みは亀よりも遅く、良い弓の練習になる。  ドーン!  木の太鼓が一回鳴る。   「ひぃ!」 「この阿呆! 騒ぐでなっ⁉」  続けて二回目がなった。  ドーン!  その音が鳴りやまないうちに、闇夜を切り裂く音が飛来する。  放たれたのは五本の矢、松明片手に一ヶ所に固まった集団に射るだけの簡単さは赤子でも理解できる。  逆に、山の下より放たれる矢は喜三太たちがいる場所までは絶対に届かない。  「良い練習と思え! ()()て!」  喜三太が指示をし、後ろに控えていた村人が木の太鼓を鳴らすと、両方の山より矢が敵めがけて放たれた。  空を弧を描くように飛び、敵の集団めがけて突き刺さっていく。 「守れ! 守れぇ!」  音に気が付きすぐに指示を伝えた全人であったが、時すでに遅し。  すぐ隣の馬に矢は当たり、痛さで混乱した馬は乗っている武者をふるい落とした。 「ぐあぁ!」  鎧の重さが加わり、地面に落ちた衝撃で骨が砕ける。 「く! 進め! 進め! この谷を抜けるのだ!」       
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