賊の頭 鶴

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 弥彦なら可能性があると喜三太が申すと、源太が小ばかにしたような口調で弥彦に問うてくる。 「へ、いったい賊の(かしら)を仲間に入れようっていうんだい? 元々はあっちがこの村を捨てたんだぞ!」    この村近辺で賊の活動をしている集団の指導者は、この村出身の(つる)であった。  女性の身でありながら、幼いころより活発的で体躯の違う男子にも負けることはなく、村一番の悪ガキ(・・・)として注目されていた。  しかし、役人による度重なる税の取り立てと、不作による栄養失調により、両親を早くに亡くすと数人の男子を引き連れ山に籠ってしまう。    消えてから一年もたたないうちに、近隣の村の近くを通った役人が賊に襲われたという噂が、この村にも届いてくる。  その賊を率いているのは、珍しく女であったと。  女の賊は一番強い武者と一騎打ちをし、見事討ち取り、役人はそれを見て逃げ出したという、にわかに信じがたい情報も混ざっていたが、この噂を聞いた村人たちは、憶測ではあるが鶴の存在が浮かんだ。    そして、その強者(つわもの)ぶりも、彼女ならばやってのけてしまうのかもと。 思わずにはいられない。  それから数年が過ぎたが、いまだに鶴の名を聞く。 役人や土豪たちは専属で鶴の討伐を企むほどであったが、結果として未だに首が持ち込まれたという音は聞こえてこない。 「今では立派な大人となっている。そんな鶴たちの助力を得れれば、こちらに追い風でしょう」 「ふむ、弥彦には鶴を説得できるだけの何かがあるのか?」  村長が彼に問うと、弥彦は力強く頷いた。   「次に危惧する問題は、食料ですが……これは、正直戦力よりも難しいかと」  喜三太が鶴の話題が一旦落ち着いたのを確認すると、述べて来た。  彼の得意分野は、数を把握したり凡その減り具合などを予想できる力があった。  そのため、弥彦に頼まれ村の主に食料事情に関して任されることとなる。 「正直言えば、いつまでもちそうか?」  源太は胡坐(あぐら)をかいた足を、小刻みに貧乏ゆすりしている。   「村人全員ってなると、もって三日か四日、頑張って七日かと」 「そ、そんなに短いのか」    貧乏ゆすりをやめた源太が、首を下げて小さく呻く。 たった七日程度では持久戦にもならない。  どんなに頑張ってもわずか、七日しか動けないのでは意味がない。 そんなふうに源太の姿から伝わってくる。 「それについても考えがある。とにかく、鶴たちが仲間になってくれないことには、何も始まらない」 「して、その作戦とは?」  弥彦が唾を飲み込み、小さな声で呟きだし、それを聞き逃さまいと全員が身を寄せて話を聞き始めた。  闇が濃く、外で聞こえてくるのは虫の音ばかり、ただその一部を切り抜くとなんとも平和な世界なのだろうか。  死が支配するこの世界で、いったい彼らは何をたくらんでいるのか、それは次の日に動き出した。  ギイギイとボロボロな荷車を喜三太と弥彦が泥で顔を汚し、ほっかむりを被って山道を登ってく。 「おーい、疲れるな」  荷を引くのは喜三太で、押しているのは弥彦だった。 「頑張れ、二刻も登れば着く」  その言葉を聞いて、弱音を漏らす喜三太。 何を運んでいるのか荷は重そうで大きな布を被っている。  そして、峠に差し掛かったあたりになると、二人の体力は限界に近づき汗が視界を妨げていた。  そのとき、今まで葉が擦れ合う音や獣の声しか聞こえなかった世界に、不思議な音が混ざりはじめた。 「シクシク……」 「お、おい!」  先頭を歩く喜三太が弥彦に声をかける。 二人が見つめるその先には、村娘のような姿ですすり泣く女性の姿が見える。  弥彦が喜三太に視線で合図を送ると、荷を固定し女性に近づいていった。 「どうかしましたか?」  息を切らしながら告げると、女性が答えてくれる。 「足を痛め、もう歩けないのです」 「それは大変な、どれ手当てをしてみましょう」  喜三太が屈むと同時に、女性は立ち上がり腰から小太刀を抜くと体躯の大きな喜三太の腕をとり、体に引きつけると小太刀を彼の喉元へ押しつけた。   「出てきな!」  今までの弱々しい声とは違い、力強く透き通った声だった。  短く綺麗に整えられた黒い髪と、キリっとした瞳が印象的な美人だ。  いつも外にいるのか、肌の色も健康的で利発な印象が強い。  彼女の合図を確認すると、ゾロゾロと屈強な男が林の中から数人現れた。 「命が惜しくば! 荷を置いていけ!」 「鶴――」    弥彦が小さく言葉を漏らすが、もちろんその場にいる人には聞こえていない。  不敵な笑みを漏らしながら近づいくる男たちは、朽ち今にも折れそうな刀をこちらに向けている。  一歩、二歩、そして最後の歩みが訪れる。
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