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「村が滅ぶだと……?」
今まで遠くを見つめていた彼女の瞳が弥彦の言葉をとらえた。
「先日、役人に刃を向けた。 原因はオラが作ったが結果として村の総意で立ち上がろうとなっている」
「へぇ、弥彦が役人に喧嘩を売るなんて珍しいね。 それで、そんな話を私に聞かせてどうするつもりだい?」
喜三太が弥彦の隣りに行って、詳しい事情を話し始めた。
丸人がこちらに向けて兵の準備をしていることや、村の食料事情を隠さず告げる。
隠したところで、戦況が有利になることない。 だから、彼らは包み隠さず全てを教えた。
「後先考えない行動っていうのか、まぁ、私も似たようなところがあるから、あまり人の事は言えないが、はっきり言って勝てる見込みなんてないじゃない。 なんであんたたちが私にこうまでして会ったのか、段々と理解してきたよ」
「理解が早くて助かる。 鶴……村に力を貸してくれないか」
弥彦の言葉を聞いて、鶴の配下の男衆はざわめき立ちそれを見て彼女は空を一度見上げ瞳を閉じ、数秒考え答えを告げる。
「嫌だね。 さっきも言ったけど、私は村を捨てた。 もう村に義理立てする必要もないし、こちらは配下が命の危険にあう、それに見合った報酬もあるとは考えにくい、私たちになんの旨味があるんだい?」
至極当然の答えだった。 ただ、村のために部下と彼女の命を貸してほしいなどという条件に、誰が素直に頷けるのだろうか。
源太がヤレヤレといった表情で、肩をすくめる。 彼は心の中で『言ったとおりだろ?』と思っているに違いない。 随分昔に村を捨てた彼女にそもそも助けを求めるのが間違いであったと。
「ならば、こういう条件ではどうだ?」
弥彦が懐から一枚の粗末な紙を出し、地面に広げた。
それを警戒しながら、鶴も覗くが文字が読めない彼女にとっては、まるで地面を這いずっている虫の跡にしか見えない。
「な、なんて書いてあるんだい」
強気に弥彦に問い詰める。
「今は報酬はだせない、しかし、今回の戦で勝てたなら、相手の鎧兜や武器を全てそちら側に進呈し、なおかつ、村側から今後必ず報酬を出すことを誓う」
「ケッ! 誰がそんなうまい話を信じられるか⁉ それに、これに書かれている内容をどうやって信じろと言うんだい? 適当なこと書いて後から反故することだってできるんだろ?」
鶴の瞳が怒りを含みだしている。 そもそも、勝てるかわからない戦に前金のない、あくまで【予定】の報酬に対し、頭である彼女の首を縦に振らせるには無理があった。
「喜三太!」
呼ばれた彼は嫌な顔をしながら、荷車に積んである村長より受け継いだ刀を取り出した。
「喜三太……? おまえ、あの泣き虫喜三太なのか……? 随分変わってわからなかったよ」
「鶴も、ずいぶん美人になってて最初本当に鶴なのかわからなかったが、腕っぷしの強さをみて確信したよ」
弥彦に刀を手渡し、懐から綺麗な白い布を取り出した。
「鶴、なんども言うが今はそちらに対し、なんの用意もできない。 しかし、オラを信じてくれ絶対約束は守る」
そう言って刀を引き抜くと、その研ぎ澄まされた刃で薄く手のひらを斬った。
瞬く間に鮮やかな赤が現われ、下に向かって雫となって垂れていく。
その雫は地面に置かれた紙に当たると、紙が潤いを求めているかのように瞬く間にしみこんでいった。
「オラを信じてくれ」
力強く、そして真剣に彼女を見据える。 それに対し、また鶴も弥彦を見つめ返した。
そうしている間にも、彼の雫は徐々に紙を染め上げている。
「ふぅ、わかったよ」
最初に視線を逸らしたのは鶴であった。
それを確認するなり、喜三太が急いで布で弥彦の止血を始める。
「ただし!」
彼女はさきほどの小太刀を抜くと、勢いよく彼の雫で染まりつつあった紙に向かって振り下ろし、ざっくりと突き刺した。
「こんな紙は信用できない、私は弥彦……あんたを信用するよ。 必ず部下に満足するだけの報酬を与えると約束するか?」
「約束する。必ずだ」
それを聞くと満足したのか、小太刀と紙を同時に引き抜くと、その紙を小さく丸め彼女は口にそれを運ぶなり、いきなり咀嚼を始め、一気に呑み込んだ。
「これで契約は成った! 聞いたかお前たち! いっちょ暴れるぞ‼」
彼女が右手を大きく掲げ叫ぶなり、捕らえられた男たちは叫ぶ、そして、その声は徐々に広がり辺り一面からもその声は増していった。
それを聞いた源太の顔は青ざめていく。
ガサガサと音をたてながら、茂みの中より多くの男たちが現われた。
屈強な男たちが、手に斧や刀をもち、木の上には弓をもった男も数名いる。
彼女の合図しだいでは、一気に攻め込める陣形を既にしいていたのだ。
だが、彼女はあえて合図を送らなかった。 すべては彼の言葉を聞くために。 つまらなければ、さっさと殺す予定であったが成り行きを見守る選択を彼女は選んだ。
そして、最終的に弥彦を信じると告げる。
「う、嘘だろ……囲まれてのはオラたちだったってことなのかよ」
源太の膝はガクガクと笑い、同行していた村の男たちも尻餅をついてしまう。
「改めまして、谷の村、そして弥彦……私は山賊『姑獲鳥』の棟梁で鶴と申す。その約束を違えぬいじょう、我らは全力で刀を振るうと誓う、ちと数は多いが、それでも先ほどの約束楽しみにしているぞ」
小太刀を丁寧にしまい、弥彦に向かって不敵な笑みを向ける。
姑獲鳥の棟梁にして強者の鶴、そしてその配下の数は凡そ二十。
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