賊の頭 鶴

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 村人たちがざわめきたつ。 山から無事に戻って来た一団の後ろには、鶴が率いる賊たちがいたのだ。  村の入り口に鶴が立つと、一瞬悔しそうな顔をするが、一回頬を強めに両手で叩くと、一歩村へ入った。  先頭に弥彦たちの押す荷車と、その後ろに『姑獲鳥(うぶめ)』が続く。  そして村長がそれを迎え、村長の家で会議がさっそく行われる。  参加者は村側で、村長、弥彦に喜三太と源太が選ばれ、姑獲鳥側からは鶴と二番手の山猿(やまざる)を選び、小さな囲炉裏を囲んで話し合いが始まる。  山猿というのは本名ではないが、逞しく分厚い胸板に目つきは鋭く、体毛は濃い。  彼は生まれたてのころに山に捨てられ、そこを当時の賊に拾われて育てられたが、仲間も流行り病で亡くし途方に暮れていたところを鶴たちが見つけ、仲間に引き入れた。  まだ若いながらも、戦闘における実力では鶴に引けを取らないと聞いていた。  そのような面々を見渡し、弱々しく喜三太が現状について語りだそうとする。 「さっそくで悪いが、敵……」   「ちょっと待った! 弥彦よ、一つ聞かせろ……あんた、私の部下が他にもいるって知っていたな?」  床に広げられた周辺の地図から目を離し、鶴に向かって首を縦に振った。 「やはり、私が仲間を呼んだとき唯一、お前と喜三太だけ動じなかった。 ほかのやつはお漏らししそうになっているのに、なぜだ?」 「それは、今答えなければいけないのか?」 「あぁ、気持ち悪くて仕方がない」 「ならば、そのままでいろ」 「なっ!」 「き、きさま! 頭に向かって‼」  山猿が怒りに身を任せ立ち上がろうとしたとき、鶴が彼を止めた。 「やめな! まぁいいさ、いずれ聞く必ずな」  弥彦と姑獲鳥の二人以外は安堵のため息を漏らすと、喜三太が敵の内情を話し始める。 「こちらが新たに仕入れた情報では、弥彦の言う通り、丸人は父に内緒で兵を集めている。 その数は予想したとおり二十程であると」 「して、いつ頃にこちらに向かってくると?」  村長が喜三太に話しかける。 源太は珍しく地図を黙って大人しく見続けていた。 「おそらく、馬も用意できていないようで足は遅いかと……それに飯を用意しておりません。 短期決戦の構えかと」 「随分と、甘く見られているな。 馬も無ければ、食料も持たないとは」  完全武装の二十の兵に、賊を入れて五十になったばかりの村側では、あまりにも分が悪い。  頼りになりそうなのは、鶴が率いる『姑獲鳥』だけが頼りだった。  しかし、弥彦は違うことを考えているよで、なんとなく空気がそう言っている。 「や、弥彦よ。お前の策ではどうするつもりだ?」 「お、それは気になるね。是非とも孔明様のお知恵を拝借したいもんだい」  鶴が悪戯小僧のような笑みで弥彦を見つめる。  表情を崩さない彼は、淡々と語りだした。 「それなのですが、今回は鶴たちの助力は得ないつもりです」 「なっ‼ なんだと! 正気か弥彦よ!」  村長が慌てて弥彦に詰め寄った。 「単純な理由ですせっかく村の戦力で勝てる(・・・)のに、わざわざ手の内を更に晒す必要はないかと」  それを聞いて動じないのは喜三太のみで、姑獲鳥の二人や村長は信じられないといった表情をしている。  しかし、一人だけ武者震いに震え一番に声を上げた人がいたその名はは源太。   「その策とやら! オラにやらせてくれ! いや、オラがやる!」   「ま、待て待て! 弥彦よ、本当に勝てるのか⁉」  村長が心配そうに問いかけてくる。   「間違いなく、最高の結果は丸人を討ち取ることですが、最悪でも負けません」  自身に溢れている発言にその場が静まり返る。 なんのために危険を冒してまで鶴を説得したのだろうか。  そして、その重い空気を破ったのは言うまでも無く、鶴だった。 「お、面白い! 山猿! 帰るよ。 今回は私たちの出番はないようだ」   「へ、へい頭……」  勢いよく立ち上がると、山猿を連れて扉を開けて出ていこうとする。 「弥彦よ、しくじるなよ。私たちはまだ褒美を頂いてないからな!」  扉が乱暴に閉められ、残された四人は中央に詰め寄り話を続ける。 「本当によいのか?」  喜三太が弥彦に確認をとった。 「この村が生き残るためには()だけを勝っていてはダメだ。先まで勝たなければならない、だから今回は鶴たちの情報は絶対に敵に流してはならぬ!」        
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