賊の頭 鶴

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 会議の後の準備は素早く行われていく。  藁を村中から集め、山に竹を採りにいく人や加工する人など役割分担をきっちりと行っている。  それを統率しているのが、喜三太で若いながらも多くの人に的確に指示をだせるのは、彼の才気と言えよう。  源太は、自ら先陣を申し出て仲間を募り何度も繰り返し練習している。  作戦の成功は彼らに掛かっていると言っても過言ではない、それに源太にはやらねばならぬ理由もあった。  昼の鶴の仲間に囲まれたとき、不覚にも腰を抜かしもう少しのところで用を漏らしそうになっていた。それは自尊心の強い源太にとって、耐えがたい状況である。  そんな自分を払拭するために、此度は先陣をかって出たのだった。  「オラは負けねぇ、絶対! 負けねぇ!」  彼を中心に、長い竹槍が空気を斬る音が響き渡る。 その数は僅か十人と非常に少なくこころもとない。  そんな村の様子を山の中から姑獲鳥の連中が眺めていた。  忙しく蠢く人の群れを鶴と山猿が見下ろしている。 「(かしら)、本当にあいつらだけで勝てるんですか?」 「ふん、よーく見物させてもらうよ。ただ、弥彦が言うんだから、何かあるに決まっている」 「そ、そうなんですか? 頭はずいぶんとあの野郎のことを信頼しているみたいですが、何かあったんですか?」  山猿が不思議そうに彼女に問いかけると、鶴は少しばかり寂しそうな表情になると、ぼそりと呟いた。 「いや、ただの幼馴染だよ……ただの」  段々と夜は更けていくが、人々は休む間もなく準備を進めていく。  朝日が昇る前に敵は動き出し、昼前には谷の村に向かってくるであろう。  それまでに彼らは全力で準備を整えていった。  そして、遂に夜が瞬く間に過ぎゆくと、何も事情を知らぬ太陽がぽっくりと顔をだした。  辺りは太陽の光に照らされ、数多の命が活動を開始する。 「や、弥彦! み、見えた! 敵だ!」  村の物見櫓に就いていた村人が大声で敵の存在を告げる。 予定よりも随分と早いが、村側の準備は整っていた。  それと同時に木で造られた簡易的な太鼓のようなものを、一斉に打ち鳴らし村中に敵の到来を告げる。   「我らが初陣! 絶対勝つぞ!」 「「「おおぉ‼」」」    弥彦を先頭に十人程度の鍬や竹槍をもった村人が門を抜けて、村の入口に陣取る。  その両脇には村の財産である乾いた田んぼが広がり、害鳥を遠ざけるために造られたカカシが彼らを見守っていた。   「敵の数! およそ十五! 騎馬は丸人のだけだ!」    櫓から情報が伝えられる。 予想よりも兵の数が少ないのは丸人の人望が薄いためだろう。  わざわざ、面倒ごとに首を突っ込みたくない武者は参加しなかったに違いない。 「弥彦! 丸人のヤツ! 鎧を着ていないぞ!」  物見櫓の横に急造で建てられた小さな櫓二つに、粗末な弓を掲げた喜三太と村人が位置につき、遠目で確認した彼が下の弥彦へ伝える。 「な、なに! アイツめ! なめてやがる!」  村人の一人が叫ぶが、弥彦はそれもしょうがないと思っていた。  あの太った体形に鎧兜を着させてはよほどの名馬でないかぎり、戦闘において馬の力を十分に引き出せず、邪魔になってしまうだけだ。  それを知ってか、鎧を着てこないのか、もしくは本当にこちらを侮っているのか。    今はそんなことよりも、目の前の戦いへ集中せねばならない。  弥彦は大きく息を吸い込むと、刀を抜き指示を出した。 「盾! 前へ!」  十人の村人のうち、五人の村人は大きな木の盾を持っており、その五人が横へ連なるように前にでた。    それを遠目で確認した敵の丸人は大いに笑い出した。 「みろ! あの村人ども、阿呆の極みじゃ! 我らに文字通りたて(・・)つく気じゃ!」  ザワっと武者たちに薄い笑いが広がる。 丸人は兵に囲まれながら悠々とまっすぐ、ただまっすぐに村へ向かっていく。  そして、ついに遠弓の範囲に入った瞬間、その集団は止まった。   「やあ! やあ! 我こそは! 屋派 丸人、屋派 全人が嫡子である! 此度の戦を我の初陣とし! 貴様らの首をもって武功を掲げん!」  農民の反乱を一人で鎮めたとなれば、その武功は近隣に知れ渡る。  彼はそれを狙っている。 事実、なんの力も持たない村を潰すには過ぎた兵力であった。  巨漢の彼は、馬にまたがり大ぶりの薙刀を構えて口上を述べた。 「放てぇ!」  丸人が向上を述べている間に、五人の兵が強弓(きょうきゅう)の準備を整え、掛け声一つでその矢を放つ。  まっすぐ弥彦たちめがけて弓が飛んでくる。  「盾の後ろに隠れろ!」  素早く指示を伝え、村人たちは盾の後ろに隠れると、木の盾に矢が突き刺さる。 「みろ! あやつら、口上も言えぬ口らしい! いけ! 皆殺しだ!」  弓を降ろし、刀や薙刀を構えた武者たちが一斉に走り出し、その後に悠々と一人で丸人も続く。  士気は高く、まるで鬼が弥彦たちへ向かっているように思えた。 「盾捨てい!」  弥彦たちも盾を捨て、白兵戦の構えをとる。 しかし、一人だけ武器を構えず木の太鼓をもつ人がいた。 「まだだ! まだ、今少し! 鳴らせ!」  敵が目前まで迫ってきたとき、弥彦は後ろに向かって大声で告げる。  それと同時に木の太鼓が力強く打ち鳴らされた。 「な、なにごとか⁉」 「わかりませぬが、気をつ……」 「ヒッ!」  その太鼓の音が敵に届いた瞬間、道の脇に立っていた五体のカカシの中から、源太と村人が現れる。  カカシの下には藁が敷き詰められ、その中に長い竹槍が隠されていた。  また、道の傍に敷いた藁の下にも兵を隠しその五人は短い竹槍で先頭の武者五人の脇腹を思いっきり突く! 「グァァ!」 「アグッァ……」  先頭の兵が倒れると、それに足をとられ転ぶ武者や、状況が理解できずにいる兵もいた。 「な、なんだ! どこから現れた!」  丸人は周囲を見渡すが、孤立した彼めがけて源太と村人二人が向かってくる。 「喜三太! 放て!」 「……! 撃てぇ!」  喜三太と他の村人が粗末な弓を先頭の集団に向けて放つと、瞬く間に陣形は崩れていく。それに追い打ちをかけるように、弥彦は刀を振り下ろした。 「進めぇ‼」 「「「おおぉ‼」」」  村の前に陣取っていた村人たちが一斉に駆け出し、それに隠れて強襲した五人が脇から加わる。 「ま、待て! お前ら、私を守れ!」  既に先頭の兵たちは混乱し、陣形も崩れ挟撃され主人を守りに入れない。   「丸人! 覚悟ぉ!」  源太を中心に二人が丸人に向かい、残りの三人は背後から敵兵を攻める。 「く、この蛆がぁ!」  丸人の大きな薙刀が無造作に村人めがけて振り下ろされた。  それを竹槍で受けた村人はまるで豆腐をきるかのように容易く真っ二つに竹は割れるが、その僅かな竹が最後の力を残してくれた。  体を斬られ地に伏すも最後の力を振り絞り彼の薙刀を手で掴む。 「ヘ……へ……」 「は、離せ!」  ジャリ。    土を力強く踏む音が聞こえ、そちらを向くと同時に腹部に深く竹槍が刺さる。  重き一撃を源太が突いた。   「丸人ぉおおお!」 「アグァガウガァ……」  口から血を流し、薙刀で敵を振り払おうとも、既に屍となった村人は離さない。 「ば……か、な……」  鈍い音をたてながら、丸まると太ったその身体は潰れるように馬上より零れ落ちていく。
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