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これが、悩みながら出した、刑事である花の答えだった。 恋人が、怪盗ジョセフ・ルーである可能性があると思いきって伝えたのは、僅か二週間前。上官達は、花の言葉を、花自身を信じてくれた。今までの花の仕事に対する姿を見て、信頼出来ると思ったのだろう。彼女は、ジョセフの逮捕に熱心な刑事だった。 わざわざ人出も多く、注目も集まる花火の打ち上げに合わせて準備を始めたのは、恋人であれば夏祭りに誘い出しても違和感が無い事。夏祭り、花火大会なら、警察官を警備として配置しやすく、予め市民の誘導や規制も出来る、捕獲場所が大きな川、その橋なら、市民を危険に巻き込みにくい。 また上官の中には、この日にジョセフを捕まえられれば、警察の名声はより広く世に広がる、そんなショー的な考えの者も居たが、ただ実際は、偶然手に入れたジョセフの尻尾、こんなチャンスはもう無いかもしれないという焦りもあり、急遽決まったというものだった。 夏祭りにさえ連れ出せれば、有名な橋の中央に誘き出すのは簡単な事だ。作戦を見抜かれていたとしても、今回は、盗まれる物も無い、彼を連れ出しさえすれば、後は退路を絶てばいい。恋より、刑事の責務を果たす、その選択しか今の花には出来なかった。 退路を絶たれ、ジョセフの顔に初めて苦味が広がった。 「あなたに逃げ場はない、分かったらこっちに来て」 「そうだね、なら君の手で撃ってくれ」 「え?」 「ここで簡単に自首したとあらば、僕の名に傷がつく。ならばいっそ愛した君に撃たれて終わりたい」 「な、何言ってるの?死にたいわけ!?」 「君こそ僕を捕まえに来たんだろ?傷つけたくないと、生ぬるい事を言ってられる世界か?」 彼女は瞳を揺らした。 「…自首して」 「出来ない」 「……」 「なら、仕方ないね。僕は蜂の巣になる事にする」 「待って、」 「じゃあね」 トン、と、ジョセフは飛んだ。川を背にしたまま、欄干から飛んだのだ。命綱もなしに。 「ダメ!!」 花は咄嗟に引き金を引いた、狙いは外したままだ。銃声を上げれば、下で待ち受ける仲間達は、落ちてきたジョセフが銃に撃たれたと思うだろう、ならば追って彼を撃つ事はしない筈、幾つも死線を掻い潜ってきた男だ、川に落ちたとしても、きっと生き延びる術を持っている筈、警察だってすぐに引き上げる、命は助かるだろう。そう考えての事だったが、銃から出たのは弾丸ではなく、大量の煙幕だった。 「な、」 花は咳き込みつつ、見えない視界の中、這いつくばりながらも欄干に向かう。そのまま橋の下へと顔を出したが、煙幕は川面まで届き、なかなか視界が晴れていかない。少しして煙が晴れてきたが、幾ら目を凝らしても川面に彼の姿はなかった。 「居たぞ!」 その声に顔を上げると、一体いつの間に用意していたのか、パラグライダーで空を行く人影が見えた。すかさずサーチライトがジョセフを映し出し、「怪盗だ!撃て!」との声に、それ目掛けて銃が乱射する。 「やめて!」 花の訴え虚しく銃声が飛び交い、空には花火、彼の姿は弾丸に震え川へと落下した。 「…そんな」 花は橋の欄干に縋りつくように崩れ落ちる。しかし、橋の下からは再びどよめき声が上がり、花は顔を上げた。 「やられた!人形だ!」「探せ!」と声が飛び交い騒がしくなる。 「…人形…」 彼では無かった。花は、ほっと胸を撫でおろしていた。 ふと転がった銃に目をやる、良く見るとそれは、精巧に作れたおもちゃのピストルで。一体いつすり替えられたのかと、思わず笑ってしまった。 「…まったく、やってくれた」 鞄の中の銃をすり替える位、ジョセフには雑作も無い事だろう。警察の作戦も花の考えも、花とは会ってないのに彼には何もかもお見通しだった。 そんな花の元に、一枚のカードが落ちてきた。彼女がそれを拾うと、それを見計らったかのように、空から次々とカードが落ちてくる。
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