タイムセール

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 今日は、近所のスーパーの特売日。カズコは急いで、パート先の倉庫から着替えをするためロッカーに室に急いだ。先月50歳の誕生日を迎えたばかり。あまり駆け足で急いだものだから足がもつれて転びそうになった。おばちゃんがこけるぐらい醜いものはない。  「おつかれー。やけに急いでるのね。どうしたの」 同じ倉庫のパートに勤めるタマヨが話しかけてきた。 「今日は火曜日よ。ビッグに買い物にいかなきゃ。」 「あー。そーねー。私はヤオセイのおさかな特売にいくわ」 と、タマヨ。 「あんた、今日の火曜日はいつもの火曜日じゃないのよ。」 カズコはキッとにらみ言った。 そう、今日は一年に一度にワクワク特売デー。それは、信じられないほどすべての商品が安くなる。70パーセントオフの日なのだ。なかには90パーセントオフのものもある。一年に一度のスペシャルデー。この日は客も3倍になる。時間を考えていかなければ、何も買えないまま、疲れて帰ってくるだけになるのだ。  「あら、やだ!もしかして今日は、ビッグのワクワク特売デーか!!すっかり忘れてた。タイムセールに間に合うかしら。今日は何時からなの」 「...4時」 本当は忘れているやつに教えたくはないが、タマヨには何度となくおいしい情報をもらってるから、ここは主婦の協定を組んでると思い素直に伝えた。  そう。タイムセールにポイントをあてて4時に間に合えば、さらに安くてお得なものをゲットできる。何がタイムセールなのかはシークレットだから行ってのお楽しみになるのだが、去年は、国産黒毛和牛が1枚300円だった。元値は1500円。鹿児島産の高級和牛だ。7枚買って家族全員で食べた。うちは子供が5人いる。一番下の息子は泣きながら食べていた。左官業の旦那は一枚ペロリと食べてしまい、足りなさそうだったので私のをあげた。  さてさて、今日はなにがタイムセールなんだろう。 タイムカードが3時45分に打ち込まれた。あと15分。タマヨとあれから雑談してしまい遅くなってしまった。カズコたちの子供が通っている小学校に若くてイケメンな教諭がいるのだが、この先生が人気で、おばちゃんママたちから熱い視線を受けている。みんな抜け駆けはだめよと言っていたのだが、それがどうやら、同じクラスのユメコちゃんのママとお茶をしていたらしいのだ、、、。なんて話をしていたら遅くなってしまった。  自転車に乗り込んで、家には帰らずそのままビッグへ。いざ、出発。               ◆◆◆  しまった!つかまってしまった。 ちょうど踏切音がなっているところだった。いけるかいけないかというところだったが、遮断機はおりはじめ、カズコは急ブレーキをふむ。15年乗っているのだが、大事に乗っているのでブレーキはよくきき遮断機前でピタッと止まった。 ここの踏切は一度遮断機が下りると、二つ線路があるため5分以上は遮断機は下りている。 イチかバチかだった。ここを通れば最短でビックまで7分で行けるからだ。 これにしくじってしまったら今日は私の負けだ。 朝出かけるときの子供や夫の顔が思い出される。 「今日は何を食べられるのかな。楽しみだな。おかあちゃん、行ってきます。」普段はおとなしい三女がかわいいはにかんだ笑顔で言っていた。 夫も「今日は早く帰ってくるよ」と言っている。いつもは安い酒をかっこんでから帰ってくるのに。  家族のために。私のためにも。絶対にこの戦いには負けたくない。 ようやく、遮断機が上がる。スマホをだして時間を見ている間はない。とにかく、いそげ、急ぐんだ。                ◆◆◆  すでにビッグのの外は人でいっぱいだった。店の中に入ることができないくらいのたくさんの人だかりができていた。  それぐらい今日のタイムセールはよかったんだろう。 ごめんね。おかあちゃん、負けちゃったよ。 もう、4時過ぎていたのはわかってはいたが、カズコは顔から滴り落ちる汗を手で拭ってからスマホをだした。  4:05   5分、遅かったのか。。。あと5分早ければ、と考えているところで、パーンという音が耳をつんざいた。と、同時に周囲の人たちの悲鳴と泣き叫ぶ声が聞こえてきた。  人をかきわけ、少し前にいってみると、映画やドラマでよくみる、盾をもった警察官が店の前をかこっていた。近くにはパトカーやテレビ局も来ている。  「今、犯人が店内で発砲した様子です。中での様子がまったくわかりませんが、犯人はこちらのスーパービッグのタイムセールに合わせ午後4時に150人の客を人質に立てこもっています。」  あと5分早ければ。。。
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