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「しーちゃん?」
俺の話を聞いていた母さんが、作業の手を止め驚いたように聞き返して来た。
あの冒険から10年以上経ち社会人になった俺は、一人暮らしのアパートから夏休みを利用して実家に帰省していた。
帰省と言っても、1時間かかるかかからないかの距離なのだが。
「うん、しーちゃん。確かに最後、そう言ってた」
結局、しーちゃんとはその後二度と会うことは無かった。『またね!』、そう言って別れたのに。俺の初恋は儚く消えたのである。
「しーちゃん……まさかね、そんなはずないわ」
「母さん、しーちゃんのこと知ってるの?」
「知ってるも何も、あんたが小2の時、水の事故で亡くなった近所の子が、しーちゃんって呼ばれてたのよ。長い髪をいつも一本に結んでてね」
「えっ?!」
「まぁ、ただの偶然でしょうけど。だって今の話、あんたが小5の頃だって言うなら既に亡くなってるんだし」
すっごい気になることを、しれーっと言ってのけた母さんは、息子の初恋相手を特に気にする様子もなく、今晩の酒のつまみにと、親父の好きな枝豆のさやにキッチンバサミで切り込みを入れていく。
「あの、母さん……参考までに、しーちゃんの名前ってさ、何?」
「確か静香……姫沢静香ちゃんだったかな。しーちゃんが亡くなるまでは、毎年のように遊んでもらってたのよ……あんた、しーちゃんの後ばっかり追いかけて。しーちゃんもあんたのこと本当の弟のように可愛がってくれてた」
俺より3才年上だったしーちゃんは、小学5年生の夏、川遊びをしていた最中に急流に流されこの世を去っていた。
その一部始終を目撃していた大人たちは、口々に「まるで何かに導かれるように自から川の深みに入って行った」と言う。
「何が見えていたのか。本当、子供って分からないところあるから」
母さんは枝豆の最後の一つに切り込みを入れ終わると
「あんただって誰もいない空間に向かって話しかけてたこと、良くあったし」
「なんだよ、それ」
「さあね、そんなこと、お母さんがの方が聞きたいわ」
あたかもそれが‶子供あるある”みたいな言い方をして、ざるに入った枝豆と共にキッチンへと消えて行く。
「姫様――……しーちゃん」
すっかり足が遠のいてしまったけど、今もあの森にいるのかな……
終わり
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