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「だめだ! どうにか撤退する方法を考えてくれ!」
B級ハンターは声を荒らげた。
自身の危機を理解して、自らを囮にするように走り始めた。
気付けば、無傷の人間は僕と、美女だけとなっていた。
「だめです。 逃げるにしても、このホールの制圧権をもっていかれては次来る時には更に被害が大きくなります」
「そんなことを言ってると全滅するぞ!」
「なんとかします! レベルは上がったので、最悪の場合は逃げる選択もありますが、ミノタウルスは意図して出口を塞いでいます」
「くそ! この傷は君の魔法でも治せないなら、時間はあまりないぞ」
「とにかくやってみます」
僕が落ち着いているのには訳がある。
あまり人前で見せれるものではないが、魔法系は基本的に大気に満ちる魔力に回路を与え、出力する。
回路の形や特性によって、それは性質をかえるわけだが、本質を書き換えるのは難しい。
ただし、ある1点を正反対の性質に置き換えることはそう難しくはない。
ただこの回路を理解するには特殊な能力が必要になる。
「ねぇ」
突然声をかけてきたのは美女。
近づき難い雰囲気は変わらず、なにか主張があるようだ。
「私が、行く」
「いや、危険だよ」
「大丈夫。 私は死ねないから」
死ねない。
その意味を考える時間は与えてくれなかった。
彼女は振り返ると同時にミノタウルスにむかい、真っ直ぐ走り始める。
まるで恐怖はなかった。
その姿に戦慄を覚えた。
まるで自身の死を恐れず、傷をおいながらミノタウルスにダメージを与える。
決定的ではないが。
そして予想していた瞬間が来る。
追い詰められた。
(これはやはり助けなくては……)
ミノタウルスの斧をかろうじて回避した美女。
血だらけの身体に力はなく、一瞬ふらついた。
それをミノタウルスは見逃さなかった。
(まずい!)
「伏せて!」
美女は力なく俯いたまま、声に反応するようにペタンと地面に座り込んで、間一髪で斧が掠めた。
次はない。
「有限なる時を操りし光の神よ、我らに永遠の命を与えたまえ」
僕は光回復魔法を唱える。
と同時にその魔法式を1箇所だけ書き換えた。
それは魔法の性質を真逆にする荒業。
いつかは禁忌として扱われるであろう。
「死を与えたまえ――」
僕の唱えた魔法はミノタウルスの身体を蝕むように削り、灰のように散り始める。
ミノタウルスは抵抗するがそれは無理だ。
身体を流れる魔力を増長して内側から朽ちる。
1度発動すれば逃げ道はない。
「なにこの魔法……」
美女は虚ろな瞳でその魔法を見つめる。
「初めて見る……まるで闇に呑まれるような、理不尽な魔法……これなら――」
そして美女は意識を失い、ミノタウルスは完全に朽ち果てて、そこには灰のようななにかだけが残った。
「その魔法は……いったい……」
B級ハンターも理解に苦しむ表情を隠しきれなかった。
これが僕の唯一無二の奥義、というか、妙技にあたる。
どうやらこの魔法の本質をみなは理解せずに使っている。
魔法の本質は「属性」「特性」「魔力」にあり、僕が弄っているのはこの中の特性にあたる。
「ひとまず出ましょう、このままではまず押し負けるでしょう」
「そうだね、どうにか止血は出来ているが、私も戦える状態ではない」
B級ハンターに肩を貸して、入口へと足を進めた。
美女はかろうじて立ち上がり僕を睨みつけるように凝視して、すれ違いざまに呟いた。
「貴方にあとで話がある」
とても真剣な表情に僕は小さく頷いて、脱出を促した。
後ろを歩む美女からは殺気じみた視線を感じて、複雑な気分になったのは閉まっておこう。
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