この世の法則は理不尽だ-2

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 そうして僕はついてくる美女を横目に、帰路についた。  後ろは振り返らないが、足音は付かず離れず一定の距離を保っていた。  線路を渡り、夕暮れを背にしてただただ歩く。  僕の視界には僕の影と、彼女の影が真っ直ぐに伸びていた。  カンカンカン――  どこか哀愁に満ちた踏切の音は、僕らの足音より早く急かすようだった。  そもそもこんな当たり前の日常に、何故ホールなんてものが発生するのか。  神様の悪戯か。  人間への罰か。  どうでもいいことを考えながら歩いていると、自宅のすぐそこまで来ていた。  変わらず影は僕を追いかけてきている。 (本当に家までついてくるつもりか?)  僕は歩みを止めて振り返る。 「はっきり言って人殺しなんかしたくない。 だから、君が僕が殺すに値するか、確かめさせてくれ」  彼女は歩みを止めて、距離を保ったまま、顔色を変えずに聞き返してきた。 「どうなったら殺してくれるの?」  それを言うとその方向に進んでいってしまいそうで怖い。  どうにかそうならない方法を探らないと。  僕を殺せば、と言えば、結果僕を殺すことで不可能になるが、まだ死にたくはない。  この世を救えば、と言えば、限りなく不可能に近いが、危険な死地に送り込むのは気が引ける。  考え込む僕を見つめる彼女の瞳は、影になって感情が読めないが、その姿はやはり美しい。  僕はあまりに突拍子もないが、その瞬間ただ損得だけで口にしてしまっていた気がする。  そうなればいいな、程度に。 「君が僕を本気で愛してくれたなら」  数秒の空白の後、再び踏切が静寂を切り裂いた。  突然、恥じらいを覚えた僕は、口にしたことを取り消そうとした時、彼女は距離を詰めてきた。  目の前で僕の目をじっと見つめると、踏切が鳴り終わるまで言葉は出さず、視線を合わせていた。  よく見れば、薄紫色の澄んだ瞳だった。  踏切は余韻を残して薄れていった。 「貴方がそれを望むなら努力する」  やけに後ろ向きだが、印象的だった。  彼女らしい、という程、彼女を知らないが、それしか思いつかなかった。 「……ここが僕の家なんだ。 だから今日はもういいだろ」  自分の浅ましさが恥ずかしくなった。  けれど彼女は(さげす)むことなく、つらねた。 「それじゃあまた明日来るね」  これが理不尽な運命の彼女と、理不尽な人生の僕の出会い。
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