02.リア充爆発しろと叫ぶ

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02.リア充爆発しろと叫ぶ

 ダンッ!  乱暴にテーブルへ置かれたビールジョッキは空となり、理子は追加注文するために店員のお姉さんへ片手を挙げてアピールをした。  今日は週末、金曜日の夜。  仕事帰りのサラリーマンで賑わう、駅の高架下にある大衆居酒屋は社会人になってから隔週末の度に通っている、理子のお気に入りの店だ。  女性が好きそうなお洒落な隠れ家っぽい店より、賑やかな居酒屋の方が気が楽とは自分でも何だかなーとは思うけど。  先程から愚痴をぶちまけているのは、理子の前に座る同期入社の香織。  すらりと背の高い彼女はまさにクールビューティーといった外見で、緩く波打つ肩までの黒髪を右耳にかけて小首を傾げる表情は、同い年の私ですら「御姉様」と呼びたくなるくらい色っぽい。  幼い顔立ちで未成年者に間違えられる私とは正反対な彼女。しかし、私達は何故か入社直後から意気投合した。  一年ほど前に、香織に彼氏が出来てからは頻度は減ってしまったとはいえ、お互いストレスが溜まってきたなとなれば今日の様な愚痴吐き飲みが開催されている。 「荒れてるねー理子。お隣さんはそんなに激しいの?」  ガブガブ水のようにビールを飲み干す私に、香織は苦笑いを浮かべた。  「今時な雰囲気イケメン風だとは思ったけど、即、彼女出来るってさくっそリア充爆発しろ!」  新年度が始まって早三週間。  仕事以上に理子のストレス源となっていたのは、自宅マンションの隣人、大学生の鈴木君。  彼は、大学へ入学したと同時に今時のお洒落でキラキラした女の子と付き合いだしたのだ。  新生活と同時にリア充になるとは、けしからんうらやましい。 「隣人は今時イケメン風男子なんだ? いいじゃん目の保養で」 「保養になんかなるか! 疲れて帰ってきても隣からの騒音で安らげないってなんなのよ! 夜中も朝も猿みたいにヤりまくりだし、リア充爆発しろ!」  学生カップルで仲良くしているのなら別に生暖かい目で見送るだけだが、隣人の迷惑を考えない深夜でも関係無いとばかりに盛っている、ベッドの軋み音と喘ぎ声は迷惑極まりない。  一週間前の夜、部屋の外通路でバカップルに会ってしまい、うっかり鈴木君に「今晩は」と愛想笑いで挨拶してしまった理子は彼女にキッと睨まれてしまった。 (あの日の騒音、喘ぎ声は酷かったな)  お洒落で雰囲気イケメン男子とお化粧バッチリキラキラ女子の組み合わせでも、理子の帰宅時間に会わせてイチャイチャを開始するとか夜中でも声を抑えずに盛るとか、もう悪意を感じる。 「前もそんな事言ってたよね。前は女の子だっけ? もう引っ越したら? 一時的にホテルかウィークリーマンションを借りるとかもアリじゃない? それか管理会社に伝えたら?」 「ああ、それも考えたんだけどね。年度始めの忙しい時に引っ越しとか面倒だし、ホテル泊まる費用もないもの。管理会社は、「分かりました」って口だけで駄目だった」  仕事状況と貯蓄を考えても引っ越しの時間と費用の捻出は難しい。  管理会社もこういうトラブルは面倒なのだろう。のらりくらりな返答で、この管理会社は頼れないし駄目だと感じた。  限界を感じたらビジネスホテルな数日泊まって避難する。 「じゃあボーナスまで我慢しなきゃね。それに無料エロドラマCDを聴いていると思えば楽じゃないの」 「エロドラマは多少なりともロマンチックな前降りがあるだろう。いきなりのギシギシアンアンをロマンチックな脳内変換できるか!」  ギリギリ睨む理子の視線を香織はさらりと笑ってかわす。  ニヤリ、形の良い薄い唇の端を器用に上げて、香織は自分のバックに手を突っ込んで何かを取り出した。 「ではでは、そんな理子にこれをあげよう」 「何これ?」  差し出された香織の手のひらに乗せられていたのは、500円硬貨程の大きさの深紅の球体。  居酒屋の薄暗い照明の光の下では赤黒く見えるが、よく見れば球の中にキラキラした金色の模様が見える。 「何これ? すーぱーぼーる? 文鎮?」  思ったままの言葉を口に出せば香織はぶはっ! と吹き出した。 「相変わらずアンタってズレてるねー。この前まー君と行った旅行でね、よく当たるっていう占い師に二人の今後を占ってもらったんだよね。で、「二人の未来は明るい。もっと幸せになるように、これを持っていななさい」って追加料金払ったらくれたんだよ。何でも、異世界の魔女の力を込めたすんばらしい幸運の御守りだって。理子も持ってたら彼氏が出来るとか、いい事あるかもよ? 実はねー、昨日、ついについに、まー君からプロポーズされちゃったの!」 「まじか。くっそリア充爆発しろ!」  頬を赤らめている香織に、理子の愚痴を聞いてくれる飲みよりプロポーズをされたという報告が彼女にとって一番の目的だった事に気付いた。  枯れた自分の悩みと頭の中がお花畑の香織。真逆の状況に、リア充爆発しろと祈っても許されるだろう。 「今彼氏が出来たら身がもたない。面倒くさい。ってか、異界の魔女って、胡散臭さ満載でしょ中二病臭いし。あっ、もしかして上手い事のせられて追加料金払って買ったけどなんか怖くなったか、追加料金が惜しくなって私に買い取らせようとしてるんじゃないの? そういや高い化粧品買っちゃったって言ってたし、愛しのまー君の誕生日がそろそろだったよね?」  さっきのお返しとニヤリ笑ってやれば、香織は「バレたか」と、ペロリと舌を出した。
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