見えるもの、見えないもの

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【1】 視力の低い人間にとって、眼鏡が壊れるというのは一大事にあたる。それも僕のようにコンタクトレンズを嫌い、眼鏡一辺倒で生きてきた人間にとってはなおさらだ。 「……えっと」 眼鏡が壊れた、と聞いて、どのような原因を想像する人が多いのだろうか。殴られた? 誤って踏みつけてしまった? それとも単純に落とした? まあ、壊れる原因には色々あるだろうし、そもそも壊れたのがフレームなのかレンズなのかによっても想像する原因は変わると思う。 今回、僕の場合、壊れた箇所はフレームだった。というか、眼鏡をかけ始めてそろそろ十三年になる僕だけれど、眼鏡のレンズが壊れた(すなわちレンズが割れた)という経験は一度もない。眼鏡を壊したこと自体は何度もあるけれど、今のところ、破損したのは全てフレームである。 思えば創作物なんかだと、眼鏡が壊れた、イコール、レンズが割れた、というように扱われているような気もするが、それは何故なのだろうか。視覚的にわかりやすいから? 確かにフレームが歪んだり折れたりするよりも、レンズにヒビが入ったり、割れて飛び散ったり、という扱いの方が明確な描写がしやすいのかもしれない。映像だろうがイラストだろうが文字だろうが、その点については変わらないだろう。 「なるほどなぁ」 独り勝手に納得しながら、僕は壊れた眼鏡を右手に乗せる。左手の下には読みかけの文庫本が一冊。 先ほど眼鏡が壊れた理由が云々、という考えを巡らせてはいたものの、今回眼鏡のフレームが壊れた理由は実のところ判然としていない。明確な理由は見当たらない。ただ、ベッドに座って、壁に背をつけて文庫本を読んでいたら、なんだが文字が読みにくいと感じて、それが、眼鏡がずれているせいだ、と気が付き、いつものように右手で眼鏡の位置を調整しようとしたら――からり、と。唐突に、眼鏡が真ん中から分離したのだ。 一瞬、何が起こったのか、わからなかった。 眼鏡のフレーム、その真ん中の部分が破損し、眼鏡が中央から二つに分かたれたのだ、と気が付いたのは、数秒してからのことだった。それほど、この眼鏡の破損は急なことだったのだ。 ぶつけた覚えは、ない。落とした覚えも、粗雑に扱った覚えもない。そりゃあ日常的に使うものだから、一級品の宝物を扱うかのように丁寧に扱っていたかと言えば、否である。けれどそんな、こんな壊れ方をするような扱い方をしていたかと言えば、それも否である。 ひょっとしたら、単純に寿命だったのかもしれない。なんにせよ、僕の眼鏡が壊れてしまった、という事実だけは確かなようだった。 「……マジか」 ベッドの上で、僕は一人呟く。天井を見上げ、目をつむる。 ついにこの日が来てしまったか。 いや、わかる。世は諸行無常というし、盛者必衰でもあるのだろう。形あるものはいずれ壊れ、なくなっていくのがこの世の条理というものだ。何かと物覚えの悪い僕ではあるけれど、それについては人並の一般常識を身に着けた時には理解していた。すなわち何が言いたいのかというと。 予備の眼鏡を用意していなかった僕が悪い。 ……ここで改めて述べておくと、僕は非常に目が悪い。眼鏡が無ければまともに物が見えない。酷い近視と乱視を患っている。これは日常生活に大きな不便を来す、どころか、日常生活そのものを送れなくなる恐れがあるレベルのものである。
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