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嫌な気持ちを抱えたまま、次の月曜日を迎えた。
「あの……もしかして石井さんじゃないですか?」
ふと待っていた駅のホームで、見知らぬおっさんに話しかけられた。……と言っても自分も似たようなものではあるのだが。
道案内なら駅員に聞いてほしいが、わざわざ名指しされたのなら俺に用があるのだろう。怪しい風貌でもないので、素直に答えた。
「は、はあ。そうですが……」
「あの、私、敷田というものですが……」
「は、はあ」
聞いたところで全く心当たりのない名前に、思わず視線が宙を泳ぐ。
「ああ、ピンとこないのも仕方がないです。えっと……審判をしていたことがあります。ずっと昔に」
「審判……?」
「15回裏、最後まで投げ切った見事な投手を、地獄の底に突き落とすという審判を」
ぼやけた視界に、プロテクターを付けた若かりし日の顔を探し出す。
もちろん、そんなもの思い出せはしない。
あの時、審判の顔を覚えているほど意識が鮮明だったなら、あんなミスなんて起きていない。
次の電車のアナウンスが耳を刺激する。
「……そんなひどい審判を下されたんですか」
「ええ。当時は随分と叩かれたみたいですよ」
「では、その審判は間違ってたんですか?」
乗ろうとしていた電車が通り過ぎ、ホームから一気に乗客が減った。
残されたホームに風が通り抜ける。
「いいえ。私の審判は間違っていなかったです」
どうみても初対面のおっさん2人が向き合って何をしているのかと、きっと駅員は不審に思っているだろう。
「そうですか。それなら、安心しました」
謝られたらきっと殴っていた。
審判がそう言うなら、それがルールだ。それがブレるようなら、俺の夏はなんのためにあった。
あっという間に人で埋まったホームに、続いて電車が入ってくる。
「では、また」
握手することもなく、敷田さんは1つ向こうの車両に乗り込んだ。
背を向けて俺も歩き出す。
自分が受け入れられなかったせいで続いていた俺の夏が、やっと終わってくれた。
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