即席ケーキ

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 ある日、1人暮らしをする僕のもとへ故郷の母から小包が届いた。中を開くとお米5kg、缶詰、お菓子などなど、おおむねいつも通りの差し入れである。しかし、今回は見慣れない物が段ボールの隅を陣取っていた。それを手に取り、商品名を確認した。 「即席ケーキ 熱湯5分」  僕は好奇心をかき立てられ、すぐに封を開けた。カップ焼きそばほどの大きさの容器から出てきたのは以外にも小袋が3つのみであった。作り方を確認する。 「まずは袋1を容器にあけ、水を200cc注いてください。」  指示に従い、容器にぶちまけた粉(袋1)に水道水を注いだ。 「次に袋2を容器に入れてよく混ぜてください。」  練って作る駄菓子のような説明文に困惑したが、指示通りに袋2から出てきた粉をかきまぜた。 「熱湯を5分後に袋3を入れてください。」  とりあえず熱湯を注ぎ、ふたを閉じた。あとは5分待つだけでおいしいケーキのできあがりである。  いや、どう考えてもおかしい。今までの行程でケーキができるはずがない。僕はケーキなんかつくったことなどないが、スポンジをつくるためには15分程生地をオーブンで焼く必要があると聞く。そもそも袋1の粉と袋2の液体とは何だったのか。また、お湯をかける必要があったのか。すべてが謎である。いったいこの待ち時間5分でどんな珍妙な化学反応が容器の中で起こっているというのか。僕は唯一残る手掛かりの袋3の感触を確認する。明らかに液体である。中身がホイップクリームであるという淡い期待を一周にして打ち砕かれた。  しかしただ待つだけの5分というのは案外長いものである。粉の正体は?液体の正体は?袋3の中身は?ケーキの種類はなんだ?そもそもなぜ母はこれを送ってきた?どれだけ思考を深めようと、流れる時間は一定の速さである。いや、考えれば考えるほどに時計の針は遅くなっていくのがわかる。  今更タイマーを5分でセットしてみた。あと5分で僕は真実と向き合わなければならない。  この5分は10時間ほどに感じられたし、5秒ほどにも感じられた。とにかく何とも言えない時間であった。僕はケーキが特別好きなわけではない。なぜこんなものを作り始めてしまったのだろうか。パンドラの箱を開けてしまった気分である。後悔の感情が僕を取り囲む。ひょっとして僕はとんでもないことをしているのではないか。もしかしたしたら5分経ったら爆弾が出来上がってるかもしれない。殺人ガスが噴き出してくるかもしれない。なんて妄想すら次々に浮かび上がる。だってケーキなんかできるはずないんだから。かつて人類は鉄くずを金を変えるために錬金術を試みた。今僕のやっていることはそういうことだ。謎の罪悪感を大いに感じ、僕は涙目になっていた。  タイマーは残り3分となっていた。まだ2分しかたっていないのか。僕は絶望した。いっそのこと殺してもらった方が楽だ。いや、そんなことを考えてはいけない。生きねば。腹が減っているからこんな気持ちのなるのだ。よし、何か食べよう。  目の前にはあと2分30秒で完成するケーキ(仮)があった。  タイマーは残り2分である。僕は勇気に満ち溢れていた。おいしいものといえばケーキである。あと2分でケーキが食べられる。ぼくはなんて幸せ者なのだろか。思えばなぜあんなに僕は悩んでいたのだろう。僕たちはスマホに触れているが、スマホの作り方なんて誰もしれはしない。世の中そんなものである。お湯を入れて5分でケーキが食べられる。なんて便利な商品、いや、時代であろうか。僕はこの時代に生を受けたことを心から感謝します。  そしてタイマーは残り一分を切った。  さて、もう少しでお湯を入れて5分が経とうとしている。この5分で少々取り乱してしまったが、多めにみてほしい。一言でいえば、僕は暇なのだ。5分の待ち時間をボーっとして待ってるなんて苦痛だし、かといって他にやることはない。待ち時間の間、即席ケーキとやらの完成に思いをはせることしかできなかった。まあ、退屈はしない5分間だったのは間違いない。ありがとう、即席ケーキ、おかげで僕の暇が5分とちょっとつぶれたよ。  いよいよタイマーが鳴った。いよいよ即席ケーキの正体が露わになる。僕は深呼吸した後、ふたを開けた。すると、容器の中には何やら茶色い物体が横たわっている。これがケーキか?なんだか肉の塊のような存在感である、  とりあえず袋3を開けてみる。中身は黒くてドロッとした液体であった。勇気を振り絞ってちょっとなめてみる。  あー、これは・・・ ステーキソースだ。  ということでケーキの正体はズバリ、ビーフケーキなのであった。僕は大しておいしくない即席ビーフケーキを1分ほどで平らげた。  その日の夜、僕は一人心の中で叫んだ。 「結局即席ケーキって何なんだよ。」                         おしまい
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