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5
人前で下半身を晒すことなどほとんどなかった鈴は、毛を逆立てる猫みたいにぎょっと目を剥いた。
「なっ、ぁう!」
「さっき中途半端だったでしょ。ごめんね、待たせちゃいました」
「や、違っ……ん、ふぁ、ふ……っんぅ」
身をよじるより早く、再び口づけの海に溺れてしまう。
慶の指先は薄い茂みをかき混ぜて、勃ち上がった茎に絡みにきた。
ちかちかと、瞼の裏に極彩色の光がスパークする。
「んんぅ……ッ!」
人にそこを刺激されるのは、初めてだった。
自分でしぶしぶ行う自慰とは比べものにならない快感が中心から広がっていき、びくつく身体は鈴の意識下を離れて勝手に跳ねる。
逃げ出したいくらいに心許ない感覚だ。
覚束なくて、持て余し、そして――怖いくらいに気持ちがいい。
「っは、ぁ……アッ!」
「ん、えっちな声」
「……っ」
何がなんだかわからないくらい感じながら、鈴は顔を背けて口を閉じた。頬の内側を歯の間に挟んでぐっと噛むと、どうしようもない快感が少し痛みに紛れてくれる。
「……こーら。それはだめ。あーんして」
「ぅやっ、や、あぅ……っん、んン」
しかし唇の間から慶の舌がもぐりこんできて、食いしばった歯は容易くこじ開けられてしまう。彼がぼこぼこと噛んだ痕の残る頬の内側を改めるように舐めると、さっき噛んだせいか、わずかな痛みが走る。
鈴は微弱なその痛みが、かすかな快感と似ていることを知った。
「ゃあ、あう……っんん、慶く、っあ」
おかしな声が漏れ出てしまうのに、慶は環みたいに怒るどころか、嬉しそうに目尻へしわを寄せて笑っていた。
「っあ、ごめ……ごめん、なさ……っあ、声、出ちゃ……っあ」
「ん? いーよ。可愛いね。すーさん可愛い。気持ちいいなら、声でも精液でも、なんでも出して」
「だめで、だめ……ッあ、違、……ごめ、!」
ひゅうっと喉が鳴る。
息を吸ったまま吐き出せない鈴は、大きな手にすっぽり性器を包まれたまま上下に扱かれて吐精していた。
堪えるだなんてできるはずがなく、濡れた親指が裏筋をじっくり撫でてくれるのに合わせて、びゅ、びゅ、と何度も白濁を吐き出す。
「ぁ、……あ、あ、や……まだ、出……っ」
「うん、全部出しきって。気持ちいいね。上手ですよ、すーさん」
「ふぁっ……ん、あ」
こんなに長く、そして強い快感をもたらす射精を鈴は知らない。痙攣するようにびくつく全身は慶の腕の中で弱々しく震え、与えられるキスにすがる。
加減もわからず慶の腕をつかんで爪を立てると、くぱくぱと開閉に忙しい鈴口を撫でられて背を反らした。
「ぃあ――っはぁ……」
ようやっと愉悦の波が去って、目尻に溜まった涙をまばたきで払い落とす。
呆然と天井を見つめる鈴は、「気持ちよかったです?」と顔を覗きこんできた慶にキスをされて――瞬間的に青褪めた。
「……ッごめんなさい、僕勝手に」
「ありがと」
「――え?」
たった一言渡された感謝が、なんのためのものか皆目見当がつかない。
思わず素っ頓狂な声を上げる鈴の瞼に、慶は上機嫌でキスをする。
「嬉しいです、俺のすることで感じて、イってくれて」
「嬉しい……?」
「そ。すーさんこそ、なんで謝るんです?」
慶は鈴の背に腕をまわし、ぐっと抱き起こす。彼に自分の精液がついてしまうのではと焦るが、いつの間にか腹は綺麗に拭われていた。
粗相を怒らないどころか喜んでくれて、しかも素早いフォローまでして、恩を押しつけない――神さまは一体どれほど丹精こめて、紅本慶という素晴らしい男をこの世に創ったのだろう。
いいや、きっと本当はそばに置いておきたかったのに、間違えて人の世に送り出してしまったのかもしれない。
鈴にとって、慶はもはやそういう存在だった。
「だって……」
脱力する身体を膝に抱えられたまま、鈴は声をくぐもらせる。
「だって慶くん、僕を触るばかりで……意味ないのに……」
「意味ないですか? どしてそう思うんです?」
「セックスなのに、僕が出してどうするんですか……」
「……すーさんの中ではセックスって、自分はイかねえもんなんですか?」
「僕っていうか……その、男同士だと、挿れるほうが射精したら終わりなんです」
「なんで? どっちもよくなったほうが楽しくないです?」
小首を傾げると、慶も同じ方向に頭を軽く倒す。彼の汗で湿った前髪がぱらりと額をすべり、なんだか直視できないくらいにドキドキしてしまった。
とはいえ、彼の勘違いはきちんと正しておかなければいけない。
「ええと、こっち側は……本来そういうふうに身体ができてないので、性的快感を得られないようになってて……だから慶くんが気持ちよくなってくれないと、なんの意味もないんです。……慶くん?」
目を泳がせる鈴をぎゅうっと抱き締めた慶が、突然肩に額を押しつけてくる。艶やかな黒髪が頬に触れるのが無性に愛しくて、鈴は息苦しいのも気にせずそっと彼の頭を撫でた。
普段はずっと高いところにある頭が、彼の膝に乗っている今なら、苦もなく手が届く。
「……どうかしましたか? 疲れましたか? あの、嫌じゃなかったら僕のくち、使ってくれませんか?」
「……なんでそうなんの」
「はい? すみません、聞こえなくて……」
「はー……」
大きく長いため息を吐きながら顔を上げた慶は、鈴の鼻先に小さなキスを落とす。それから額をこつんと重ね合わせた。
心なしか彼の微笑みが悲しげに見えたのは、ぼやけるほどに距離が近いせいだろうか。
「どうもしないし、疲れてないです。でも俺はすーさんを使いません」
「えっと……じゃあ、どうしたらいいんでしょうか。何をすれば……あ、挿れますか?」
後ろは相当キツいだろうが、この際仕方ない。なんの準備もなく抱かれた経験がないわけではないのだから、少々のことは問題ないはずだ。
それなのに、慶は「それはまた今度」と言う。
「なんで……」
「すーさん、ちょっとだけ手え貸して?」
慶は鈴の手を取り、自分の中心に触れさせた。
布越しにでも熱く感じるそれは思わず手を引いてしまうほど大きくて、鈴はハッと見下ろす。形をなぞってみると、むくっと更に大きくなって驚いた。
「慶くんの……」
「ん、ちょーっとね、でかいんです。だからすーさんのここ、俺のが挿るくらいまで柔らかくしてからつながろうよ」
「……っ」
ここ、と言いながら慶が触れたのは、尻の狭間だ。慎ましく閉じた蕾をすりすりと指で撫でられて、ぞわつく感覚にぶるりと肩が震える。
鈴はもう一度手のひらで慶自身を確かめて考える。それから首を振った。
幾度となくアナルを自分で慣らしてきたが、これが挿るほど柔らかくなったことはない。いくら慶が二人の関係を長い目で見てくれているとしても、時間が解決しないことだってある。
「あの……大丈夫です、挿りますよ」
鈴に中心を撫でられて心地よさそうにしていた慶が、きゅっと顔を顰める。
「いやいや……何言ってんです? 大丈夫じゃないですよ、痛いし、血だって出るかもでしょ」
「……かも、ですけど、でも挿りますし……」
「痛いの得意じゃないってすーさん言ってたの、俺憶えてますよ」
ちょっとばかし呆れたように言われ、ぐっと口ごもる。
たしかに言ったし、痛いのは嫌いだ。
だが今日は我慢できる。たくさん気持ちいいことをしてくれた慶に、わずかでもお返しがしたい。
「得意じゃないのは本当ですけど……それも絶対嫌ってわけじゃないんです。一回骨折するのと二十回転ぶのだったら後者がいいなって程度ですし、慶くんは怖くないですし、うつ伏せなら少し楽ですから、ちゃんとじっとしてますし、大丈夫です。もし時間をもらえるなら、準備もしてきます」
説明していると本当に全然大丈夫な気がしてきて、鈴は少し嬉しくなる。
だが慶の表情は反対に、どんどん剣呑さを増していった。
「つまりすーさんは俺に、痛がるすーさんを無視して押さえつけて犯していいよって言ってんですかね?」
「え……」
鈴はどうにか慶の気持ちいいを模索していただけだったが、言い換えられた行為は優しい慶に不似合いだ。
それを強要する罪深さに、ぞっとする。
「ごめんなさい……そんなつもりじゃ、なかったんですが」
「うん、わかってます。さっきのはちょっとだけ強い言葉使わせてもらいましたけどね」
慶はふっと気の抜けた笑みをこぼし、「あのね」と内緒話をするように囁いた。
「焦らなくていいって言ったじゃん。そんな無理につながったって、実は挿れるほうも気持ちよくないんですよ?」
挿入経験のない鈴としては、驚きの事実だ。
「それは……困りますね。気持ちよくなってほしいんですが」
「それ『も』困る、です。俺が痛いのも、すーさんが痛いのも困ります。俺だけ気持ちいいのは、楽しくないです」
「そうなんですか……?」
「そうですよ? それに、俺とセックスするとき、すーさんは自分で準備しちゃだめなんです」
「え!? いえ、ですが、それだと慶くんが痛い思いをするってさっき……」
「はい、だから俺がします。すーさんの後ろ、俺が挿っても痛くないくらいまで柔らかくすんのは、俺の楽しみなんで、取られたらたぶん泣いちゃうと思います」
「泣くくらい……?」
鈴が考えもしない「楽しみ」だ。目を白黒させると、慶はにぃっと口角を上げる。
「ちなみに……俺がどうやったら気持ちいいか、知りたい?」
知りたい。こくこくとうなずくと、慶は人差し指を唇に当てる。
「すーさんが気持ちよさそうにしてないと、俺は全然気持ちよくなれないんですよ」
「え……そういうものなんですか?」
「他のやつは知りませんけど、俺はそう。だから二人で気持ちよくなんのが一番なんです。試してみましょっか」
「んっ」
鈴の腰を強く引き寄せた慶は、話している間に柔らかくなった性器同士を触れ合わせた。
ハーフパンツを脚の付け根まで下ろした慶のそこをまじまじと見て、性器の形や色だけでなく、双嚢の大きさや、下生えの濃さまでもが自分と違うことに驚く。
人と比べることもなかったし、気にもしていなかったが、こうして比較すると鈴は自覚するほど貧弱だ。
「慶くん、恥ずかしい……です」
「俺も。でも、恋人しか見たり触ったりできないとこくっつけてイチャイチャすんの、めっちゃ幸せだと思いません?」
「ぁ、お、思う……っん」
慶の手が二本の陰茎を握り、揉みしだく。
そうされると二人分の雄はみるみるうちに首をもたげ、充血して裏筋を互いで刺激する形になった。
「硬くなってきた……」
「嘘、すご……ぁ、熱い、慶くんの……っ」
「ん……すーさんのも、熱いです。俺のでここの段差引っかけんの、気持ちいいでしょ」
張り出した亀頭と肉棒をつなぐ縫い目の辺りを、慶のそれでごりごりと擦られる。
「きもち、きもちい、んんっ、ん、ぁあっ」
「いい声。もっと聴かせて……ッ」
長い指が二本まとめて上下に扱きたてるから、鈴は本能的に腰を振った。
「あ、あぁっや、慶く……ッふぁ、イク、出ちゃう、出ちゃいますっ」
「ん、どーぞ」
「あ、あ――、……ッ」
後ろ手を慶の膝へつき、なりふり構わず性器を突き出して二度目の絶頂を迎える。
反らした胸元にキスを落とす慶は、少なくなった鈴の精が尽きると、そうっとそこから手を離してくれた。
「すーさん、とろっとろの顔になってて、可愛いです……こっち見て。キスしよ」
「ん、んぅ……ぁ、待って、慶く……」
「どした?」
甘やかされて目を閉じかけた鈴は、ハッと脚の間を見下ろす。
射精して萎え始めた鈴の性器のそばには、変わらぬ硬度を保った慶自身がそそり立ち、Tシャツにくっつきそうなほどだった。
「慶くんがまだなのに……」
「気にしないで。今触ったら、すーさん泣いちゃうでしょ。俺すーさんのこと泣かせたいわけじゃないし」
――ああ、優しい。好き、大好き。
得体の知れない何かが込み上げてきて、鈴は突き動かされるように、萎えた自身を慶のそこに押しつけていた。拙い動きで腰を揺らし、どうにか彼に感じてほしくて必死だ。
「んっ、あ、慶くん、して、してください」
「こーら、無理しないで……」
「違う、んです……してほしい、です。ん、僕も慶くんの気持ちいいとこ、見たいです……っ」
「やば……」
ぼそりとつぶやいたあと、ぎりぎりと歯を食いしばるような音がした。
慶は鈴の背中を抱き、無防備な乳首にむしゃぶりつく。
「っあ――……!」
「ちょっとだけ、付き合ってな……?」
「ん、ぅん、あっ慶くん……!」
ぴくっと跳ねた鈴の陰茎を再び手の中へ導いた慶は、鈴を膝に乗せたまま突き上げるように腰を動かす。
ベッドによる弾みもあって、揺さぶられる鈴は局部に与えられる鋭すぎる感覚に半ば悲鳴じみた嬌声を上げた。
「ひ、ひぁっ、あ、あァッ、あ!」
「すーさ……ん、すーさん……っ」
性器同士の間に人差し指を差し入れる形でまとめて扱かれ、敏感な神経を好きにされる。
口端から垂れた唾液を啜るようにキスをされてからは、ただ夢中になって慶の舌を求めた。
「ふ、ンんっ――あ、あ」
「はぁ、ぁ……っふ、く」
押し殺したような息遣いのあと、ほんの少量の精をこぼす鈴のそこに、大量の熱い飛沫が降り注ぐ。じゅわ、じゅわ、と溶けそうな感触に目を閉じて感じ入っていると、柔らかいティッシュが丁寧に汚れを拭っていった。
「ありがと、すーさん……すっげ気持ちよかった」
「僕も……」
汗や涙、涎まで拭いてくれた慶は、満足そうに顔へキスを落としてくる。
脱がされていた下着とボトムも履かせてもらうと、鈴は気だるい眠気の中にいた。ぼうっとシーツのしわを見つめる目元はとろんと微睡み、そのまま突っ伏して眠ってしまいそうだ。
「明日の朝はゆっくり寝て、一緒に朝飯作りましょっか。俺、目玉焼きはめちゃくちゃ綺麗に焼けるんですよ」
「ん……はい、楽しみです」
自分の身支度も整え、リモコンで明かりを絞った慶が枕に頭を置いて横たわる。
隣で座りこんだままだった鈴は我に返り、そろりと恋人の頭を撫でた。
「おやすみなさい、慶くん」
言い残してベッドを下りる――寸前、腰へ巻きついた腕が鈴を布団の中へ引きこんだ。
「ちょ、え?」
「えっちなことしたあとに、彼氏を一人にすんの反対」
首をひねって振り向いた鈴を見つめる、恨めしげで甘えた三白眼に、ギュインッとおかしな音が胸の奥から聞こえた。
「あ、いえ、そういうつもりじゃ……」
「――ソファで寝ます、なんてさみしいこと、言わんでくださいね」
(一緒に寝ていいんだ……?)
熱い息とともに、うなじへキスされる。
かじかんだ指先がぬくもりに包まれるような安堵感は、鈴の身体を無防備なまでに脱力させた。
慶は巻きつけていた腕を解く。
鈴がゆっくりうつ伏せになると、さりげなく手を重ねてくれた。
「おやすみ、すーさん」
「……おやすみなさい」
目を閉じる慶を見送る。ほんのりとした明かりの中で、やがて彼の呼吸は規則正しく、深いものへと移ろっていった。
鈴も目を閉じる。仰向けではまだ寝られそうにないが、翌朝目覚めた鈴は、隣に人がいても眠れたことに感動した。
慶の存在が、凝り固まった雪片鈴という人間を、少しずつ作り変えている。
いつだったか、自分が自分じゃなくなるようで怖いと思っていたはずの鈴は、もう鈴の中にいなかった。
*
繁忙期ほどではないにせよ、大型連休に合わせて行ったキャンペーンやセールによって、余計なことを考える暇もないGWが終わる。
そのタイミングで、夏に向けてホームページに載せる写真をリニューアルすることになったイル・ルオーゴでは、閉店後の撮影会が開かれていた。
一階店舗の一角には、インテリアの総合プロデュース例を展示するスペースがある。テーマに応じて壁紙や床材まで総替えするため、模様替えの際は結構大がかりな作業になる。
慶の指示を受け、社員総出で整えたその一角は今、床材を畳にチェンジして和室と相性のいい洋風家具をコーディネートしていた。プラスワンとしてシニアが生活しやすい室内環境に重点を置いている。
何度も経験した撮影時の役割としてラフ版を抱えた鈴は、今しがた言われたことを反芻して目を丸くした。
「え――明音さんじゃないんですか?」
鈴に見上げられた慶が、腕を組んで神妙な面持ちのままうなずく。
「たしかにうちの写真は毎度明音さんにモデルになってもらってるんですけど、別に明音さんが担当ってわけでもねえんですよ。俺は向いてないし、周防さんは死ぬ気で拒否るし、鮫島さんは喜んでやってくれるけどなんか腹立って俺が嫌だし」
「ちょっと慶~?」
ニコリと笑う鮫島を無視して、慶はため息を吐く。
「今回は和テイストだから、できればすーさんがいいです。明音さんよりこの部屋に溶けこんでくれると思うんで」
「明音さんは和風のお部屋にいても素敵だと思いますけど……」
一段高くなった展示スペースに腰かけている明音が、元気よく両手を振る。
「やーん、すーちゃんありがと。でもあたしも、今回のはすーのほうがいいと思うなあ。すーってびっくりするくらい美人男子だけど、日本人らしい控えめさがあるじゃない? 正座してるだけで大和撫子感出るじゃない?」
あたしはバター顔なのよね、とため息を吐く。隣で周防が「ケバいだけだろう」とつぶやき、明音に拳で殴られていた。
「ってことで、俺はすーさんにお願いしたいんですけど、だめです?」
「だめじゃないです。それでみなさんが問題ないのでしたら、ちゃんと頑張ります」
「ありがと。服はそのままでいいんで、よろしくです」
くしゃっと鈴の頭を撫でた慶の手が、抱えたラフ版を引き受けて周防へ渡す。
ひょこっと飛んできた明音はどこから出したのか、櫛で鈴の髪を整えた。
「ふふ、ノーファンデが映えるつるつるほっぺ。これを慶のクソガキが独占してるのかと思うとマジぶっ殺だよなあ」
「あっちゃん男出てるよー」
「出るも何もあたしは男よ」
「お前ら、すーがオロオロしてるだろう、やめろ。すー、こっち来て座って」
「あ、はい!」
にこやかな鮫島と明音のやり取りを手早くいなした周防が、鈴をセット内の座椅子に座らせる。
カメラを構えていた慶が鈴を含め、家具や布物などの微調整を指示しては修正し、やがて撮影が始まった。
いつもはセットに向かってラフ版を持っているため、見慣れない景色に戸惑う。それでもカメラから顔を上げた慶と目が合うと、鈴は自然とにこっと微笑んでいた。
「すーさん超可愛い」
「デレデレしてんじゃないわよ。あらすー可愛い」
褒められるのは嬉しいが気恥ずかしい。だがうつむくわけにもいかず、鈴は苦笑する。
「ありがとうございます……照れます」
「照れなくていいですよ。俺、すーさん以上に綺麗な人見たことないですもん」
「それは言いすぎです」
「いやいや、マジで。初めて店の前で見たとき、何この人天使? って思ったんですよ」
そんな感想は初耳だ。鈴が驚いて反応に困っていると、すすすっと近づいてきた鮫島が慶の肩に自分のそれをにやにやとぶつける。
「じゃあ今は~?」
「天使って思ってますけど」
「天使確定!」
「そういうのは明音さんみたいな方に使う形容詞だと思います」
「違うよ、すー。あっちゃんはね、純度百パーセントのド悪魔」
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