手羽先の夜

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 数年前、高校生だった私は行くあてをなくした。  と言うとホームレス高校生にでもなったのかという誤解を招きそうだが、ただ単に大学に受からなかっただけだ。  私は実家から最も近い、それでも電車で数時間はかかる地方都市へ引っ越し、予備校の高卒科へ通うことになった。お金がかかるから実家で勉強すると親には言ったが、気にしなくていいと送り出された。  それは私に対する期待からではない。  簡単にいうと、厄介払いだ。  高校生でも大学生でもなく働いてもいない、社会からはみ出した人間は田舎では目立つ。  親はああ言ったが家計は厳しいに違いない。引っ越し当日、私はコンビニで求人情報誌を手に入れた。適当に開いたページにいちばん大きく掲載されていた焼き鳥屋で、私はアルバイトを始めることにした。未経験者歓迎と高らかに謳うそこは下宿と予備校の間にあり都合がよかった。  しかし店にとって私は都合のよくない人材だった。私はここでも社会不適合者だったのだ。私はホールに出た後、数日でキッチンへの異動を命じられた。  そこで与えられた仕事が手羽先の唐揚げづくりだった。  手羽先にフォークで穴をあける。タレにつけ、小麦粉をまぶし、大きな鍋で揚げる。淡々と。  私のほかにもアルバイトは十人ほどいた。いずれも学生だった。せかせかとホールを動き回り、耳を塞ぎたくなるほど大きな声で挨拶し、愛の安売りとでもいうような笑顔をはりつけている。彼らは勤務を終えると決まってカラオケへ繰り出した。私も誘われたが、それとなく断るうちに誘われなくなった。  こうして大声を出し、笑顔をふりまき、夜ごとカラオケに出かければ、いつしか私は社会適合者になれるのだろうか。一年後こうなるために、私は毎日勉強し、手羽先を揚げているのだろうか。  命の無駄遣い。いや、命そのものが無駄なもののように思えた。  私は来る日も来る日も死化粧をほどこすように、手羽先に小麦粉をまぶし続けた。
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