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彼らの誘いを断る人が、私の他にもう一人いた。
それがリツさんだった。
彼は大学四年生のベテランで、ホール、キッチン、どちらの仕事もそつなくこなす。背が高くすっきりとした顔立ちでなにをしていても様になった。
一方、ロッカールームでは無口で、私は一度も笑ったところをみたことがなかった。
大声を出し笑顔をふりまき、夜ごとカラオケに出かけなくても、リツさんは社会に適合していた。私たちはカラオケへ行かないというただ一点において同一で、他は笑えるぐらい対照的だった。
リツさんの部屋をはじめて訪れたのは、ホールの仕事も徐々に覚えはじめ社会の隅っこにいることを許された頃だった。
バタバタと容赦なく降る真夏の通り雨に、立ち上る湿気。傘はなかった。油でべっとりとした髪の毛の匂いが鼻につく。ひどい身なりをしているんだろうなあ、と他人事のように思いながら庇の下に突っ立っていた。
気づくとリツさんが隣にいた。それから真っ黒な傘を傾け、薄い唇を開いた。
「来る?」
私は頷いた。
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