手羽先の夜

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 焼き鳥屋へ行ったとき、まず最初に頼むのは手羽先の唐揚げだ。    たれにとっぷりと浸ったモモもいいかもしれない。ビールにはもってこいだ。塩だれの滴るねぎまも捨てがたい。モモとネギを一緒くたにして頬張ってレモンチューハイで流し込めば、世界でいちばんの幸せ者になった気分になる。    けれど、やっぱり、私が頼むのは手羽先なのだ。  塩よりもたれがいい。名古屋風に胡椒をふったものもたまらない。パリパリの皮をまとった弾力あるそれに噛みつけば、頬が溶けていくような心地がする。   「これでよかったの」    彼は使用済みの雑巾でも掴むように、スーパーのビニール袋から手羽先の生肉を取りだした。ありがとう、と礼を述べると、彼は 「手羽先って気持ち悪いよな。ルックスが無理」  と異国の食用虫でも食べたかのような顔つきで言った。私は何も言わずトレイのラップを剥がし取り、行儀よく整列した手羽先をバットに並べていく。 「よく触れるね」 「バイトでやってたから」  ふーん、と彼は言い残し、こうこうと光るテレビに誘われてリビングへと去っていった。  私は包丁の切っ先で手羽先をつつき穴をあけていく。これも慣れたものだ。
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