はじまりの日

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 小学4年生のぼくは、ベッドの中で考えた。  今夜で夏休みが終わる。明日からは新学期、学校に登校しなければならない。そう思うと少し憂鬱だ。ぞわぞわしてなかなか眠れそうにない。  どうして、もう学校に行かなければならないんだろう。    夏休みは楽しかった。  家族で田舎に帰ったし、海にも行ってスイカ割りをした。子供会でキャンプに行ったし、虫取りをしたり、きもだめしをしたりした。岩場の清流で冷やして飲んだサイダーは最高に美味しかった。  もっともっと夏休みが欲しい。そう考えるのは子供だからだろうか。    現実的に考えて、学校には行かなければならない。ぼくはもっともっと勉強して立派な大人にならなければならないからだ。  でも憂鬱だ。憂鬱という漢字は親戚のお兄さんに教えてもらった。こんな字をかける小学生はなかなかいないだろう。  憂鬱という漢字は難しい、とても苦しい気分になる。字まで憂鬱なのだ。それはスゴイことだ。    それにしても眠れない。憂鬱だから仕方ない。そうだ、楽しいことを考えよう。楽しいことを考えて憂鬱な気分を吹き飛ばせば、気持ちよく寝られるかもしれない。  まず楽しみといえば、学校に行けば給食が食べられる。カレーやうどんやハンバーグ。でもこれはちょっと弱い楽しさだ。なにしろ明日は始業式で授業はない。半日なので給食もないのだ。これは明日の夜考えよう。  そうだ、友だちに会える。もちろん夏休みも友だちと遊んだが、町内の友だちがほとんどで、遠くに住んでる友だちには会えてない。  ぼくはクラスで同じ班の友だちのことを考えた。  A太にK助にU治だ。ぼくらは今年の春、はじめていっしょの班になり、すぐ仲良くなった。A太とK助はサッカーが上手い。利発で行動力もありクラスの人気者だ。いっしょにいると楽しい。そしてU治はひかえめだが人望があり物知りでしゃべっていると頭が良くなった気がする。みんな遠くに住んでるので夏休み中は会えなかった。新学期になって班替えはあるだろうが、いっしょのクラスメイトであることには変わりない。とにかく彼らとの学校生活がまた始まるのだ。これは楽しいことだろう。秋になれば運動会、学芸会、また彼らの能力が生かされるだろう。  そういえば気になることがある。A太とK助が、U治に対してI子との仲をからかうのだ。I子も同じ班でU治と隣同士の席である。だからときどき勉強のことやなんかをおしゃべりしてる。それを見るとA太とK助が「U治とI子は夫婦だー」とからかうのだ。ぼくはよくわからないが面白そうなのでいっしょに笑った。あとからU治がこっそりとぼくに、からかわれるのは嫌だと明かしたので、それからぼくは笑うのはやめた。気の毒そうに見つめているだけだ。いじめとまではいえないけどA太とK助のはやし立てはそれからもときどき続いた。そんなときU治もI子も顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。気の毒だ。  特にI子は誰にも反論できないでうつむいている。おとなしい子なのだ。それに整った作りの顔が悲しげに歪んでこちらを見てくる。胸が切なくなる。そう考えはじめると頭の中がI子の笑った顔、真剣な顔、おしゃべりするときの顔、給食を食べてるときの顔と、I子のことでいっぱいになった。  なんだろう胸がもやもやする。I子のことを考えると憂鬱なのだろうか、それなら別のことを考えよう、とさっきから思っているのだが、どうにもI子のことが頭から離れない。それに憂鬱ならぞわぞわだ、もやもやではない。なんなのだろう。この感情は。    ぼくははたと気がついた。もしかしたら。いやまさか。でも多分。もしかしたらこれは恋というものなのではなかろうか。  うそー。ぼくが恋? テレビドラマで見かけるようなあの感覚。でもそうかもしれない。このもやもやに恋と名前をつけて、もやもやがはじけた。だけどさらになんだか甘いような、うずうずするような気持ちが加速し、あらたなもやもやが産み出される。  I子のことを心に浮かべる。やさしくぼくにほほえみかけてくれる。  それはとても楽しい妄想だ。と同時に胸がキューっとする。  どうにも眠れない。    心のもやもやに恋と名付けた夜、それからさらに眠れぬときを、ぼくはベッドの中でもんもんと数時間過ごしたのであった。
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