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二.
今日も試しに開いてみた戸棚には、やはりぎっしりと、こんな田舎でどうやってこれだけの種類を揃えたのか、初めて見るような地方限定のカップ麺までもが整然と詰め込まれていた。
「お前も食いたいなら一つぐらい食ってもいいぞ。まぁ都会で本格中華なんぞ作っとるもんに美味いと思えるのか知らんがな」
なんとなく幾つかを手にとって眺めていた俺の背後から親父の声が届き振り返ると、革のエプロンにねじりハチマキという作業姿のままの親父が近付いてきて、
「さて、今日は……」
と俺を押しのけ今日の昼食を選び始めた。
「あぁ、ちょっと待って、土産があるんだ。それ食ってみないか?」
と立ち上がりテーブルの上に置いた旅行バッグをがさごそと漁り始めると、
「なんだ?本格中華の弁当か何かか?俺はこれでいい」
「いや、そう言うだろうと思って、カップ麺の土産だよ。修行時代の同期が監修したやつなんだ。たぶんこっちでは売ってないんじゃないかな」
修行時代の同期である高橋は腕も良く覚えも早く、まだ二年目だと言うのに俺が母の件で帰省していた二週間の間に独立して自分の店を出しており、今ではラーメン激戦区の都会でも行列ができる程の人気店となり、ついには大手メーカーの目に留まってコラボ商品が発売された。
「美味いのか?」
取り出された赤の目立つ奇抜な柄のパッケージのカップ麺に、親父は振り返って目を輝かせている。
「あぁ。俺が作るから適当に休んでてよ」
「何味だ?」
「鶏ガラ白湯だな」
「ふぅーん……確かにあんまり見たこと無いな。じゃあお湯を入れたら持って来い、俺は鍛冶場にいる」
親父はそう言い残すと工房へと戻り、鉄を打つ音では無く研磨機による金属同士が擦れ合う騒音を響かせ始めた。
鍛冶というと焼けた鉄を殴り付けて火花を散らす姿を想像しがちだが、実際には作業の大半は研磨に占められている。
豪快に見えて意外と地味で丁寧な仕事なのだ。
カップ麺の外装をはがして蓋を開き、かやくと具材を取り出しながら、自分の中華料理も近いものはあるな、などと重ね合わせてみたりする。
中華も、強火で派手に調理しているようで、その裏にはかなり繊細なテクニックがある。
それを理解するまでに何年かかっただろうか。
「で、こいつはそのスキルの全てをお湯を注ぐだけで簡単に再現するってわけだな……ま、本物にはかなわないけど」
かやくを投入しお湯を注ぐと蓋をして具材を乗せ、工房へ向かった。
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