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寄り添いたい
『H C-room』と書かれた木製のドアプレートをフックに引っ掛けて、部屋に入る。設立して2カ月も経っていないカウンセリングルームだが、すでに予約で埋まっている。元々、新規を受け付ける予定はないため、パッと見は個人経営のマッサージかネイルサロンのような外観になっているし、屋号も上村春香のカウンセリングルームで『H C-room』。あまりに素っけなさすぎるかなと思ったが、あにはからんや。相談にみえる方からは「行きやすい」と好評だった。都心だけど緑が傍にある新宿御苑という立地もよかったのだと思う。
いつもより早めに来て、ほのかにラベンダーが香るようアロマオイルをセットする。今日はゆりちゃんがここに来る予定だ。
非公開アプリ「LS」を悪用した一連の事件は、ネット社会の闇としてメディアを賑わせた。アプリを用いて未成年を含む利用者への売春、詐欺、脅迫、性的暴行、殺人に遺体遺棄…まるで犯罪の展覧会だ。騒がないわけがない。原田さんやゆりちゃんの名前が出てしまうのではないかと心配したが、今のところ伏せられている。というよりも、ゆりちゃんは関わっていないことになっているようだ。
あのUSBメモリのファイルには、映ってはいけない人物が数名映っていたらしく、捜査に圧力がかかったと凉子が憤慨していた。もちろん、具体的なことは言わなかったが、警察上層部やOB、政財界とつながりのある人だろうと想像はできる。
遺体が発見され公になってしまった以上、さすがに事件そのものを隠すことはできないため、影響がないファイルを証拠として認定し、「アプリ開発をしていた社員が個人的に悪用し、事件を起こした」という筋書にしたようだ。開発会社renewateの社長である今泉は「組織的な犯行ではなくあくまでも社員が起こしたものだが、気づけなかった責任は重く受け止めている」とコメントを発表し辞任したものの、すぐに倒産している。
そして、原田さんが誰からあのファイルを入手したのかわかっていない。本人が亡くなっているうえ愛梨も石森も心当たりがなく、特に石森は「あるはずないのに」と不思議がっていた。あれだけ多岐に渡るファイルを入手できるのは内部、それもかなり実態を把握している人間、もしくは誰かに暴かせようとしている何らかの組織かもしれない。凉子はその点も含めて「絶対、いつか全てを暴いてやる!」と執念を燃やしているが、世間的には今でも十分すぎるほどの衝撃だ。
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