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「……小林さんは、どうして」
「最後に管理人だった中年女性も小林さんも多重債務者で、今日、寝るところ、食べるものにも困る状況だった。半年、言うことをきいて管理人として生活すれば借金をチャラにすると言われたそうよ。切羽つまってしまって、冷静な判断ができなくなっていたのかもしれない。ゆりちゃん、大丈夫? ちょっと休憩する?」
「いえ、ニオイがしないので、大丈夫です……美悠は…美悠も、石森が?」
「ええ。客を取らせる計画だったのに逆らわれて、カッとなったって。その時、元同級生でrenewateを創設したばかりの今泉が会社名義であの物件を購入したことを思い出し、利用した。今泉はあくまで、貸しただけで何も知らなかったと言ってるけどね」
「そうですか……あの、愛梨は、どんな話をしたんですか? あの…押し入れが気になっていて」
「実は供述できるようになるまで時間かかってね。何を聞いてもブツブツ呟くだけで会話にならない状態だったから、凉子に呼ばれたの」
最初に会ったときの愛梨はずっと俯いているか、たまに顔をあげても焦点が合っていないようだった。ただ、消え入りそうな声で「押し入れ、やだ、出して」と呟くだけ。反応があったのは、愛梨の呟きにうんざりしていた書記担当の男性が「うるせえなあ」と低い声で言ったときだ。声を荒げたわけではないのに、ビクッ!と肩がすくみ上がり、呟きや動き、呼吸すら止まったのだ。家庭内で何かあると思い、凉子に調べたほうがいいと提案すると予想的中。
「彼女は、今で言うネグレクト…育児放棄をされた時期があったの。といっても、両親にその意識はまるでなくて、単なる躾、しかも一時のことだから育児放棄や虐待だなんて言われる筋合いないって感じだったけど」
「育児放棄、で押し入れですか?」
「小さい頃、愛梨はぽっちゃりした活発な子で、家でもずっと話したり動き回ってうるさいからよく叱っていたんだって。あまりにひどい時は押し入れに閉じ込めた。そうすると大人しくなるから、しばらくの間、続けたことがあると平然と話してたわ」
「……少し離れた場所から、食事のニオイもしたんです。じゃあ、自分たちが食事している間、押し入れに閉じ込めてたってことですか」
「そういうこともしたかもしれないわね。でも、ある時を境に変わったの」
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