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新しいカップにお茶を入れてテーブルに置くと、ゆりちゃんが「甘酸っぱい香り」と言う。対峙するのではなく、隣に座る。
「カモミール。青りんごみたいな香りがするハーブティーなの。よかったら、ハチミツ入れて」
「いい香りです。いただきます」
「……あー何か、ホッとする」
「はい。あの、話って?」
「うん。これは、カウンセラーとしてじゃなくって、昔、同じような力があった人間、ひとりの人間としての話なんだけど。何かのにおいを嗅いで思い出が蘇ったり、誰かの顔が浮かんだりするじゃない? においの分子を受け取る場所が感情や記憶を司る場所ととても近いから、リンクしやすい」
「はい」
「ゆりちゃんは逆のことが起こってるんだと思う。感情や記憶が蘇ることで刺激されたニオイ、リンクしているニオイを感じ取ってしまう。当然、感情や記憶が鮮明になればニオイも強くなっていく。これは私の想像だから、証明することはできないし、事実とはいえないけど」
「……いえ、多分、そうだと思います。小林さんも、愛梨も、話しているうちにどんどんニオイが強くなっていきました」
「うん。じゃあ、それを踏まえたうえで。森谷美悠さんの抱えているものに気づかなかったのは、ゆりちゃんのせいじゃない」
「……」
「宏太から、気に病んでるみたいだって聞いて。一緒にいたとき、違和感を抱くようなニオイを感じなかったのは美悠さんが心から楽しかったから。自分を苦しめている存在を思い出すこともないくらい、ゆりちゃんといる時間が本当に心地よくて、全てを忘れられる大事な時間だった証しだと思う。だから、恐怖や不安につながるようなニオイを感じなかった」
「そんな…でも……」
「そういう時間を、自分を取り戻せたからこそ、ゆりちゃんも何かを抱えて苦しんでいることに気づいたんじゃないのかな」
「でも、それで美悠は……」
「そうだね。もしも、ゆりちゃんと出会わなかったらどうなっていたか。そんなのは誰にもわからない。それでも手紙にあったように、誰かのことを思って、自分も向き合わなきゃいけないって強い気持ちを持てたことはうれしくて、何より誇らしかったはず。ゆりちゃんと出会ってかけがえのない時間を過ごしたからこそ、そういう自分になれたって、きっと思ってる」
「そう……でしょうか」
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