苦情

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 主人は癌を患っていた。もう助からないステージの癌だった。その告知を受けた時、加瀬さんと内藤さんに一生のお願いをしたのだと言う。 「家内にだけは、内緒にしてくれないか」  主人はずっと私を一人家に残して働いている事を気にしていたらしい。 『「私と仕事どっちが大事なの」って聞かれたら、「もちろん君さ」って言うのに、うちの家内は未だ聞いてくれた事がない』と酔っ払うといつも言っていたと加瀬さんは目を赤くして語った。  もう主人が弱って仕事も出来なくなって、病院から出られなくなってからそんな事を聞かされた私は、事態を理解出来なかった。 「実は俺はもうすぐ死ぬんだ」なんて、そんなセリフ、聞きたくなかった。  あの旅行は、最後の思い出作りだったなんて、主人のせめてもの罪滅ぼしだったなんて、そんな事、今更言わないでよ。
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