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そんな主人がある日「今年は長期の夏休みを取った」と言った。
結婚して十八年。こんな事は初めてだった。
私は一人での生活に慣れてしまっていた。
主人が働いて稼いで来てくれたお金で充分生活出来たので働かなくても済むし、旅行にはお友達と定期的に行っていた。
だから正直、主人と一緒にどこかへ行きたいなどとは思っていなかったし、考えた事もなかった。
それに、この家には私なりの、私ならではの生活サイクルが既に確立している。そのサイクルの中に主人が入ってくるという事が私の頭の中でうまく繋がらない。
私の頭の中ではもう、主人と家庭は別のフォルダに振り分けされてしまっている。どうしたらいいのかとただただ戸惑った。
しかし主人は「旅行に行こう」と言った。「一ヶ月かけて、色んなところを見て回ろう」と。
私は最近熟年離婚という単語が流行っているのを知っていた。きっとどこからか主人もそれを聞きつけて、たまには家族サービスをしないといけないと思ったのだろう。
別に良いのに。私はこのままで満足している。
それを遠回しに伝えてみた。
「あなたがいなくて会社は大丈夫なの?」
「ずっと働き詰めなんだから、お休みくらい休んでくれても良いんですよ」
しかし主人は引かない。
「会社は大丈夫だ。たまには加瀬と内藤に俺のありがたみを再確認させてやろう」
「良いんだ、正直もう休み方を忘れてしまった」
少し照れ臭そうに誘う顔は、シワや白髪が増えてはいるけれど初めてデートに誘われた時の表情だったので、なんだかこちらまで照れてしまってそれ以上は言えなくなった。
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