苦情

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 主人は仕事が生き甲斐のような人だった。    趣味は仕事で特技は仕事。私は人に話をする時に「仕事をするために生まれてきたような人」とよく言っていた。それが美徳とされていた時代であったから、それはもう羨ましがられた。「真面目が一番よ」と。  主人は大学を卒業後すぐに友人と一緒に会社を興した。発起人は加瀬(かせ)さん。主人の高校時代からの友人で、同じく高校時代からの友人である内藤(ないとう)さんと主人を誘って会社を立ち上げた。  高校生活を思い出す時、必ずこの二人の顔が出てきて良い加減うんざりだ、と主人は言ったのだが、私にはそれは本心ではないような気がしてならない。それを口にした時の主人の顔が、とても優しかったからだ。  そんな主人は職場で事務員として雇った私と出会い、恋に落ち、私が結婚を機に退職したその後も、ずっと働いていた。  家に帰ってきてからも、仕事の電話がかかってくるとそちらに気をとられ、食卓を一緒に、などという事はあまりなかった。  たまに向かいに座っても、経済新聞を読んでいるか、食べきらないうちに電話が鳴り、そちらの対応に追われてしまう。 「急用だ」とまだ手をつけたばかりの夕飯を残して家を出た事は一度や二度ではない。そんな時、私は自分で作った冷めた夕飯を片付けながら、やるせない気持ちになったものだ。
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