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浅取は周りから見れば、寡黙で物静かな少年である。 だが物を盗むことに善悪を感じない。 それが最大の問題だ。
トイレから戻った浅取は自分の席へ着こうとすると、後ろのロッカー付近に絆創膏の箱が落ちているのを発見した。
―――・・・あ、また発見。
周囲を見渡し、誰も自分を見ていないことを確認すると拾い上げる。 盗むことに善悪を感じないとは言っても、それがバレることの問題性は分かっている。
振ってみると、中にはたくさんの絆創膏がまだ入っているようだった。
―――何かに使えるかな。
浅取からしてみれば、落ちているものを拾ったに過ぎない。 落ちているものは不必要なもの、なら自分がもらっても問題ない。 そういうことだ。 自分の席へ戻ると、机の中にこっそりとしまった。
次は前の席の机上に置いてある、やたらと目立つシャープペンが目に入る。
―――あのシャープペン、見たことない・・・!
―――さっき拾ったものよりも何倍もいい。
確実に前の席の生徒の物だ。 だが浅取にとって、そのようなことはどうでもいい。 落ちている場所が床であるか机であるかの違いに過ぎない。 再び周囲を確認すると、腰を浮かせ前の席に手を伸ばした。
―――うわぁ、凄い光ってる・・・!
―――これが、今日から僕のものになるんだ。
―――試し書きでもしてみようかな?
ノートを取り出し書いてみる。
―――これ、結構重い。
―――この重さで安定して、きっと書きやすくなっているんだろうな。
試し書きをしていると、前の席の生徒が戻ってきた。 まるで何かを探しているような仕草だ。
「あれ? ここにあった俺のシャーペンは?」
「知らねぇよ?」
「マジかよ! あれ、結構高かったヤツだぞ!? どこかで落としたのかな・・・。 なぁ浅取、俺の机の上にあったシャーペンを・・・。 って、それ! 俺のものじゃん!」
前の席の男子は、浅取が持っているシャープペンを指差した。 だけど浅取は、あっけらかんとした様子を見せる。
「これは僕のものだよ? 昨日買ったんだ」
「え? あ、そう、だよな・・・。 同じものが被るって、そりゃあよくあることか・・・」
「落ちていないか探しに行こうぜ」
「あぁ。 あれ最新で、前からずっとほしかったヤツだったんだけどなぁ・・・」
二人を見送って、シャープペンに再度目を向けた。
―――これ、最新のものなんだ。
―――通りで見たことのないものだ。
―――今日、家に持ち帰ろう。
そう思い、浅取はシャープペンを持って教室を出た。 浅取がいるからこのクラスではよく物がなくなる。 だが誰も、浅取が盗っていることに気付いていない。
―――・・・川原田先生は、何故知っていたんだろう。
そう思うが、特に考えを改める気はなかった。
浅取がこんな風になったのは、小学校の時に由来する。 浅取の両親は子供に興味がなかった。 というより、父は浅取が生まれて間もなく失踪して行方が知れないため、母一人子一人の母子家庭だ。
祝福されて生まれてきたわけではなく、いるだけで枷になる子供。
「お母さん! 最近学校でね、履くだけで速くなる靴が流行っているんだ。 僕も、それがほしいなぁって・・・」
「・・・」
「・・・お母さん、聞いてる?」
「もう、うるさいわね!」
浅取の言動に、興味すら示さなかった。 義務感なのか、一応家に置いて与えるものは与えている。 そんな状態。 それでも浅取にとっては親は親。 関心を引こうと必死だった。
「テ、テストもね、満点を取ったんだ! 体育も先生に褒められて」
「いい加減にしなさい! 私は今仕事中なの! 見たら分かるでしょ!? 静かにしていなさい!」
母は毎日仕事をしていた。 仕事をしなければ生活費が稼げず、二人は飢えてしまう。 といっても、自分の食事のついでに用意しているだけといった具合だ。 他の家事は浅取自身がやっていた。
自分でしなければ、家がゴミ屋敷のようになってしまうから。 いい子にしていればいつかは―――― そのようなことを、子供ながらに思っていた。
―――・・・お母さんに構ってもらいたい。
―――そのためには、どうする?
―――頼んでも駄目、頑張っても駄目。
―――だったら・・・叱ってもらう?
その考えに至った浅取は、ある行動を起こした。
「ねぇお母さん、見て! 僕がほしかった履くだけで速くなる靴、ゲットしたんだ!」
「・・・」
その靴は、たまたま持っていた学校の生徒から盗んだもの。 盗みは駄目だと教えられていないが、分かっていた。 これなら相手にしてもらえるだろうと思っていたのだ。 だが完全に無視された。
それは浅取の行為に呆れ、無視したわけではない。 ただいつも通り仕事に集中していたため、浅取の言動に関心を割く気すらなかったからだ。
浅取に食事以外のもので、必要のないものは基本買ってもらえなかった。 ノートを最後まで書き尽くしてしまえば、配られたプリントの裏に書いてノートの代用とする。
鉛筆がなくなれば、落とし物コーナーに長く置いてある鉛筆をもらって使っていた。 本当に母は浅取に無関心だった。 浅取はそれが寂しかった。
次第にほしいものを得るために、最も安易な手段を盗るようになってしまったのだ。
そして現在に戻り、浅取は男子トイレへと向かっている最中。 掃除用具入れの上の棚には浅取の私物であるバッグがあり、そこに先程盗ったシャープペンを入れる。
特別なものを入れる戦利品入れとして、重宝していた。 掃除以外で開ける人はいないし、いたとしても上のバッグは死角になっていて普通には見ることができない。
中を漁っていると、偶然パスケースが目に付いた。 もちろんそれも盗んだものであるが、先日更にいいものを手に入れたためもういらないと感じた。
―――誰のものだっけ?
―――・・・返しに行こう。
パスケースを持って、誰のものだったのかを思い出しながら教室へ戻る。
「向井さん。 これ、向井さんのパスケース?」
「あ、これ私の! ずっと探していたの、どこにあったの?」
「僕の席の近くに落ちていたんだ」
「ありがとう、拾ってくれて! 大事なものだったの!」
もちろん自分の席の近くに落ちていたというのは嘘であるが、あまり気にしていなかった。 寧ろ返してあげた自分は偉いと思っている程だ。
―――僕のお母さんは、いつになったら僕のことを見てくれるんだろう。
―――・・・心配してくれるんだろう。
高校生になっても母の様子は何も変わらない。 あれ以来盗み癖がついて更に酷くなった今でも、母は気付いていないのか浅取に興味がないのか、何も言ってこなかった。
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