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神様の瞳色
真夏の昼下がり。
二階の部屋の勉強机に国語の参考書を広げたまま、特に何も考えずボーッと前を見ていた。
開け放った窓から吹き込む風が、薄いレースのカーテンを揺らし、私の顔のすぐそばを通り、電源の入っていない扇風機の羽を気まぐれにぐるりと回してから、部屋の奥へと消えてゆく。
カーテンの隙間から時折のぞく空はびっくりするくらい鮮やかな青一色に染まっていて、油絵の具を載せたみたいに厚みのある入道雲が、モコモコと上に伸びている。
こんなにいい天気なのに、今日は昨日ほど暑くない。
先ほど家の前をうろついていた小学生くらいの男の子集団がうるさく鳴いていた蝉を捕まえて行ってしまったからだろうか。それとも、どこからか聞こえてくる風鈴の音のせいだろうか。
手元に置いてあったプリントが、風に吹かれて数枚床に落ちる。拾わなきゃ、と思いながらも、私は姿勢を変えなかった。
広げたノートの上で頬杖をつきながら、なんとなくカーテン越しに外を眺め続ける。レースのカーテンが睫毛を撫でて、再び透明な窓ガラスに張り付く。私は椅子に腰掛けたまま、カーテンのこちら側とあちら側とを行ったり来たりしている。
なんだか、時が止まったみたいだ。
特にこれといった理由も根拠もなしに、突拍子のない考えが心に浮かぶ。どうしてそう思ったのか、真剣に原因を探ってみようとしても、心に湧き出た言葉は頭へ移動する途中で風に誘われて身体から抜け出てしまう。形としてはじっと前を見つめながら、実際のところ私の目には特に何も映っていなかった。
「あっ国語の問題?」
不意に、頭の上から声が降ってきた。冷えた麦茶みたいに澄んだ声だ。首だけ回して傍らを見上げる。涼し気な切れ長の瞳が、開かれた参考書の上に向けられていた。
「ほー、小説の問題かあ。どれどれ……」
そう言って、勝手にノートを覗き込んでくる。私はシャーペンを手にしたまま、黙ってその横顔を見守った。ノートには、まだ〈大問 1(1)〉としか書いていない。黒い硝子玉のような瞳が、驚いたように小さく見開かれた。
「あれ、全然解いてない。一問目、難しかった?」
問いかけに、私はどう答えたものか悩んだ。第一、私はまだ問題文を読んでいない。それどころか、このページが小説問題であることさえ今まで知らなかったのだ。それに、国語の問題以前に、さっきからどうしても気になって仕方のないことがある。私は少し迷ってから、恐る恐る息を吸った。
「あの」
「え? なに?」
「いや、えっと……」
怪訝の眼差しが、真っ直ぐこちらに注がれている。勘弁してくれ。怪訝なのはこっちの方だ。勢いに任せて怒鳴りたい衝動をなんとか抑え、溜め込んでいた息を吐き出すように、私は慎重に口を開いた。
「……誰?」
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