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H・B
「アンナ。……少し、話がある」
キャスター付きチェアに深く腰掛けたまま、しわがれ声で博士は言った。スチール棚に並ぶコンテナの中身を整理していた彼女は、三秒と待たずに手元の小ネジ類を用途別に分類し終えると、その完璧な無表情でもって博士を振り返った。
必要以上に短く切り揃えられたショートヘアは、清潔感を通り越してもはや男性的な印象をさえ抱かせた。しかし、罫引をなぞったような柳眉、切れ長ですっきりとした眼、筋の通った高い鼻、控えめな口元――卵型の輪郭に縁取られた肌の上に寸分の狂いもなく並べられた個々のパーツは、不自然なほど端正な女性の顔を形作っている。
「なんでしょう、博士」
抑揚のない声で彼女が答える。一直線に相手を見据えるその瞳は確かに涼しげではあったが、その奥に潜在する、嘘偽りを許さないかのような鋭い眼光を彼は見逃さなかった。
博士は、自分に向けられた炯眼から咄嗟に目を逸らしたくなる衝動をなんとか抑え込み、わずかに震える唇の間から強引に言葉を吐き出した。
「私は、H・Bの全システムを停止しなければならない」
そう言うと、博士は何かを探るように、じっと彼女の瞳を睨みつけた。しかし、すぐに痺れを切らして視線を床に落とす。彼女の瞳に、微塵の動揺も見受けられなかったからだ。それどころか、瞬き一つしようとしない。まるで監視カメラのレンズだ。
「なぜですか」
先ほどと変わらぬ無表情で彼女が問う。まったく返答に窮した博士は、思案に暮れるふりをして、白衣のポケットに入ったそれを汗ばんだ掌中で弄ぶほかなかった。
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