神様の瞳色

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「ねえ、さっきから誰と喋ってるの。お友達?」 部屋の戸が開いて、隙間からお母さんが顔を覗かせた。私の顔を見て、目だけで説明を求めてくる。説明なら、私が聞きたい。返答に窮する私に代わって、傍らのその人がにこやかに応えた。 「〈国語の神様〉です。お邪魔しています」 そう言って大袈裟にお辞儀をする。 え、何を言っているんだろう、この人。 神様? 国語の? なんで?  唖然する私をよそに、しかしお母さんは楽しそうに「まあ」と片手で口元を押さえた。 「面白いお友達ね。どうも、娘がお世話になってます」 何がそんなに嬉しいんだか、お母さんの声がいつになく弾んでいる。 いや、気付いてよお母さん。この人おかしいよ。勝手に娘の部屋に入ってきたんだよ――。言いたいことは山ほどあったが、それらを言ったところで、どうにもならないこともまた理解していた。下手したら、通報とか今以上に面倒くさい事態になるかもしれない。見た感じそんなに悪い人でもなさそうなので、私はひとまず黙っていることにした。 「これ、良かったら食べてね。ここに置いとくから」 言いながら、お母さんは部屋の中央に置いてある低いテーブルの上に、手に持っていたお盆を載せた。お茶の注がれたグラス二つと、カットフルーツの盛られたお皿を一つ、お盆から机の上に移す。お皿の底が机の表面に接した瞬間、芳香な桃の香りが鼻をくすぐった。缶詰じゃない、本物の桃だ。大きめに切られた桃に、二本の爪楊枝が刺さっている。 お母さんらしい。友達が来ているのかどうかを確認する前から、しっかり準備してやって来るのだ。しかも、結構いいおやつを持って。私が複雑な心持で桃を睨みつけていると、傍らで〈神様〉が瞳を輝かせた。 「わあ、ありがとうございます! 綺麗な色ですね。もしかして、一宮白桃ですか?」 「あら、よく知っているのね! 実家が山梨なもんだから、毎年たくさん送られてくるのよ」 お母さんはますます嬉しそうに目を細めた。 「本当ならジュースでもあればよかったんだけど、生憎今は麦茶しかなくて、ごめんなさいね。……それより、この部屋暑くない? 扇風機回しましょうか。熱中症になったら大変だもの」 お母さんは一人で喋りながら、扇風機のコードをコンセントに繋げてスイッチを入れた。扇風機が動き始める。ブウンという機械音が、微かな風鈴の音を掻き消した。
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