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貧富の差
イーストイミグレは国境の街。
あらゆる物資が列車や貨物車、荷車などで行きかっている。
ここに住んでいる民のほとんどが、俺たちと同じような人間の姿をしていた。
隣のイエショウ共和国のように獣人が闊歩している様子はどこにも見られない。
働き者のスーツが似合う会社員か、エンジニア風の作業服を着た人達ばかりが忙しく歩いている。
とりあえずゼブラバクバクのネンネには少し休んでもらうため、エンディーやブーブーのように小さくなってもらい車内に入ってもらった。
「ネンネ。証明魔石に戻すこともできるけど、どうする?」
「いややネン。兄貴たちも戻ってないネン」
「ワイらの主人は、そんな魔石持っていないフラ」
「僕たちはいつでも一緒だブヒ」
あの契約魔獣たちが自由にしている以上、ネンネも自由にさせてもらうと子供のように駄々をこねて暴れだした。
今の姿は子犬のように小さくなってくれているので、まあまあ可愛くもあるから許してあげよう。
さっそくドクターカーにエンジンをかけて道路へ繰り出した。
みんなユーモアのある形をした車に乗っていて近未来感が半端じゃない。
音も静かなので、動力源は電気のように思われた。
変わったタイヤを付けている車やタイヤがない車も動いている。
あとはどうみても車のタイヤではなく、魔獣の足が見えている車の形まで存在していた。
「あの長い車ってムカデのような足がたくさん見えているぞ」
「あらホントだ。あっちにはタイヤの部分がダンゴムシになってるわ」
俺と寺須は不思議な車たちを見て一喜一憂していた。
ベイリービーズはそんな俺たちを見て、この国の説明をしてくれた。
ここは王政の国で創造の神デミウル様が治めている科学と魔法が融合した国。
みんなが物作りの探究者であり、新しいもの好きが集まっている国だというのだ。
ただ、そこで成功する者と成功できない者が次から次へと生まれて貧富の差もできてしまったらしい。
金持ちは新しい車や機械を多く持ち、更なる研究を続けているけれども、貧乏人は下請けをしながら細々と生活している。
そんな道路には車が走る世の中になってしまったので魔獣の馬車は少なくなり、貧乏人も仕方がなく魔獣を隠すように外見だけを車の形状に変えたと言うのが、変な車の誕生秘話のようだ。
科学に自信のない者は魔石を車の外装に埋め込み、空を飛ぶ車やタイヤの無い車を開発したという。
科学魔法世界一と呼ばれて国中が発展したように見えるこの国も、裏にはいろいろな事情が見え隠れしているように思われた。
「ベイリー。なんでこの国の事情を知ってるんだい?」
森の外の世界をあまり知らなそうな彼女が教えてくれたので少し不思議に思えた。
「あ、それはね、マモルさんが牢獄に入っていた時、あたしとミカちゃんは綺麗な部屋にいて、王様の書庫にも入らせてもらってたの」
「げ、待遇が全然違くない?」
「ごめんね。みんな本物の魔女を呼び出すための演技で、リス獣人のソンシュさんはマモルさんの魔法を探るための決闘相手だったの。ただ魔法無しで倒しちゃったから、計算が狂っちゃったみたい」
なるほど、俺以外の人達がみんな事情を知っていたわけだ。
だから彼女たちも泣き叫ぶわけでもなく、おとなしく獣王の傍にいたというのか。
それならそれで俺にも教えてくれたら良かったのにと呟いていると、ベイリービーズは付け加えるように、魔法の開花にはある程度本人を窮地に追い込まないと目覚めない場合があると言っていた。
「ではホテルにでも行こう!」
今日はイーストイミグレの街のホテルに泊まり、女子たちのショッピングと観光に付き合う約束をしてしまった。
彼女たちは獣王から貰ったアクセサリーや洋服、防具を身に着けて歩きたいそうだ。
ホテルに到着すると、ホテルマンが俺たちの車を見て完璧な科学の結晶と称賛しVIP扱いをして案内してくれた。
完全にお金持ちと勘違いされたようだ。
確かに金なら十分にあるし、獣神バガラーがくれた通行証にはクレジットカード機能も付いている。
カードを使う事で、俺たちの所在安否がわかるから自由に使えと言っていたのだ。
ただしガードナーや国の危機が訪れた時にはすぐに戻って来るようにとの条件付きで。
部屋は三人と三匹が泊まるには十分に広かった。
大室の他に個室が二部屋もあり、大浴場とシャワールームが別々に付いていた。
ホテルが高層ビルになっているため、窓外の眺めも最高。
ドクターカーがあるだけで、この国での扱いがここまで優遇されるとは思いもよらなかった。
「それでは、さっそくお出かけしましょう!」
寺須は青い刺繍が入った白いドレスに黄金の肩当てと胸当て、左腕の呪印を隠すように黄金のバックルを付けていた。女性用の防具だけあり、ドレスのお洒落を損なうことなくできている形状は、どこか天使のバルキリー姿のようにも見える。
更に魔石が埋め込まれたリボンやイヤリング、指輪にネックレス、ポーチに靴など一見するとその輝きは成金のような装いだった。
ポーチも魔法のポケットのようで、車に置いてある小型の医療道具をここから取り出せるようになっている不思議な道具。ちょっとしたものなら取りに戻らなくて済むらしい。
スカートの中、太ももに巻かれたベルトには護身用の小型魔法剣も忍ばせていた。
魔法が使えない彼女には完璧すぎる装いだ。
「私はいつもマモル先生やベイリーちゃんに守られてるから、今日からは私が守るね!」
お洒落な白騎士の誕生に頼もしくなる。
一方、ベイリービーズも可愛らしい赤い刺繍の入った丈の短い白い可愛らしい服を身に纏う。
動き易そうな太めの白いズボンにウエストの細さが際立つベルト。
赤いリボンの付いたつば広帽子を被り、背中にはお気に入りのステッキを付けて白魔導士の装いになっていた。
寺須と同じように魔石の付いたイヤリングに指輪、ブレスレットに足首用のバックル、ポーチに靴とこちらも輝かしい成金お嬢ちゃんだ。
俺だけ普段着に護身用の反射魔石をポケットに入れて出掛けることに。
相棒の小型バクバクを連れて歩く感じは、犬の散歩に出かけている雰囲気だった。
エンディーとブーブーはベイリービーズの邪魔をしないように空を飛んでいる。
俺はお洒落白騎士とお洒落白魔導士に囲まれての散歩に少し胸が躍った。
こんなにお洒落な物を身に纏っているのに、まだまだ欲しい物があるのかと彼女たちの物欲に屈服した。
以前ズーボボでも買ったのにと思いながら買い物に付き合う。
途中で買い物に疲れた俺は小型のネンネを連れてガーデンテラスのある喫茶店で一休み。
そうしてお茶をゆっくり楽しんでいると、犬の散歩の貴婦人やら子供たちが珍しいゼブラバクバクを見に集まってきたのだ。
「あら、可愛らいいペットね」
「お兄ちゃん、この子の名前何て言うの?」
「この子はゼブラバクバクのネンネだよ」
「ネンネ、ネンネ」
みんな嬉しそうに触り始める。
みんなに触られてネンネも嬉しいのか、鼻の穴が大きく開いていた。
更に興奮する彼は、鼻の穴から青白い息が漏れ出す。
子供たちは一瞬で眠たそうな顔をし始めた。
危ない、危ない。
「ネンネ、青白いの漏れてるぞ」
「あ、マモルちゃん。ごめんやネン」
そう言うと、鼻で一気に青白い霧を吸い込み、子供たちは元の元気な姿に戻っていった。
暫くすると二人の女子も買い物に満足をしたのか戻ってきた。
手荷物は何もない状態で。
「あれ? 買い物してたんじゃないの?」
「してたわよ」
「してましたわ、マモルさん。全部ポーチを使って車に送っちゃいましたけど」
「そんな使い方もできるんだ、そのポーチ」
「あとで車の中を整理しますので許してね、マモル先生!」
二人にペコリとされると何も言い返せなかった。
いつも苦労させている分、こういう時は羽目を外して自由に楽しんでもらえればいい。
日も暮れて来た所なので、高台の夜景スポットへ行こうと高台の方を眺めて見るとオオカミのような魔獣の遠吠えがそちらの方角から鳴り響いてきた。
一斉に逃げる観光客たちの悲鳴も聴こえる。
これは一大事だ。
その様子を見ながら一人で笑う仁王立ちした寺須の姿がそこにあった。
「ここは私に任せなさい! 白騎士様が成敗してみせるわ!」
その勢いでエンディーを呼び寄せ、彼女はエンディーに跨がり高台の方へ飛んで行ってしまった。
俺とベイリービーズは少し口を開けて唖然とした表情を浮かべる。
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