魔法の言葉

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「……寒っ」    自分の吐き出した息が、この世界に白い靄をかける。  上着も羽織らず、灰色のトレーナーとデニムという出で立ちで家を飛び出たことを後悔したのは、最寄り駅に辿り着いてすぐのことだった。  しかし寝ている母を起こさずに、家を抜け出すことばかりに気を取られていたのだからしょうがない。  冷えた両手をこ擦り合わせながら、ふと優しい笑顔を思い出し胸がヒリヒリと痛む。  ……お母さん。  だけどこの寒さと同じように、全ての痛みとも次期にお別れだ。  定期で改札を通り抜けホームの一番隅にある薄汚れたベンチに腰を下ろすと、たった今停車した電車から数人の乗客が降りてくる。  急行の止まらないこの駅は、平日なら終電間近になると殆んど人はいない。  しかし明日から休日ということもあり、顔を赤らめた数人のサラリーマンが千鳥足で自分達の帰るべき場所へと歩いていく姿を私はただ見つめていた。
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