ハッピーエンドの五分前

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 ***  自分達天国の住人は、現世に降りる手段がない。  その代わり、広い天国のある場所からは、現世の様子を見に行くことができるのである。  “鏡の孤島”。  実際の名称はわからないが、自分達はみんなそう呼んでいる。理由は単純明快、天国の水で満たされた湖の中にぽっかり浮かぶ島には、大量の鏡が設置されていて、そこからのみ現世の様子を確認することができるからである。ただし、孤島に渡るためには、一ヶ月に一度だけ手に入るチケットを使って船を呼ぶか、長い長い橋を渡りきらなければいけない。  俺達はチケットを持っていなかった。確かに赤ん坊の姿になったミドリに予兆はあったが、それでもいつ彼女が現世に生まれ変わるか正式な日などわからなかったのだ。倍率の高いチケットを、予め手に入れておくなどできないのである。ゆえに、俺達が島に渡るには、橋を使うしかないのだが。  問題は、増水した川の水がどんどん湖に流れ込み、孤島へ続く橋が水没しかねない状況にあるということ。  そして俺とヤエはどちらも幼児の姿、足が短ければ体力もない。当然、島へ辿り着くには大人の何倍も時間がかかってしまうのである。  晴れた日ならば、一時間ばかり歩けば橋まで到着するのだが。今日のように酷い雨が続く日は、その倍近くの時間がかかるとみて間違いなかった。朝が来るまで、あち三時間。今ならまだ、徒歩でもどうにか間に合うはずなのだが。 「ああくそっ!」  レインコートと傘、長靴を装備して外に出た俺は。ヤエと二人、早速途方に暮れることになった。まるで打ち付けるような激しい雨。まだ地面が川になってしまっているというほどではないが、それでも既に道路は水浸しで、幼児の足がずっぽりはまってしまうくらいには泥水で溢れている状況だった。これでは、かかる時間はいつもの二倍では済まない。そしてこんな状況では、天界のタクシーなども当然動いてはいないだろう。  当たり前だ、いくら死者であり死なないからとはいえ、行方不明になることはある。天国で死者が行方不明になろうものなら、その分だけ神様の手間が増える。同時に、迷惑をかけた死者も生まれ変わりまでの時間が伸ばされてしまう結果になるのだ。普通の人間なら、こんな日になど間違っても外に出ようなどとは思わない。  俺だって本当は出たくなかった。ミドリが生まれ変わる夜明けまでもうすぐだと、そう知っていなければ。 「困ったわ、これじゃあ全然歩けない……」  ヤエが泣きそうな顔で呟いた時だ。ひょい、と自分とヤエの身体が浮き上がった。誰かが自分達の身体を持ち上げ、肩車したのである。 「俺らの出番だな!」  そこにいたのは、屈強な二人の高校生くらいの少年達だ。カツヤ、レツヤの双子の兄弟である。どちらも筋骨隆々、天国でも毎日筋トレを欠かさないほどのトレーニング馬鹿だ。自分達が小さな身体で困っている時、いつも助けてくれる二人でもあったりする。 「俺らの足なら、肩車していてもお前らよりずっと早く橋の元まで行ける!連れていってやるぜ」 「い、いいのかよカツヤ。この土砂降りに肩車なんか、本当に大変だろ?」 「傘はおやっさんが持っていてくれよ。おんぶよりいいんだ、両手が開くし。俺の頭にしっかり捕まっておいてくれな」 「し、しかし」 「これも恩返しだ。安心しろ、俺達は高校も大学もずっとアメフト部で鍛えてたし、大人になってからも工事現場でガンガン働いてたんだぜ?今だってトレーニング欠かした日はない、腕力体力には自信があるんだ!」
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