ハッピーエンドの五分前

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 カツヤに肩車されながら、俺は人に感謝をするという気持ちを思い出していた。  この世界は、実に不思議だ。死んだ者達は、来た当初は死んだその時の姿のままやってくる。そして、時間の経過と共に若返って行き、赤ん坊の姿になって最後消滅し転生する仕組みになっているのだ。今幼稚園児の姿である自分と八重は、此処に来て随分長い時間が経過していることを意味している。なんせどちらも、死んだ時は到底若いとは呼べないような年であったのだから。今自分達を肩車してくれている兄弟も、今でこそ高校生くらいの外見だが、死んだ時は立派な中年親父であった。二人で飲み屋をはしごしていてうっかり線路に落ち、仲良く死んでしまったのだと言っていたのだったか。 ――人と人との繋がりって、いいもんだよな。それを学ぶために俺ぁ、此処に送り込まれたのかね。  温かい温もりにそっと左手でしがみつき、右手では小さな傘を支えながら俺は思う。  自分が生きていた時代は、それこそ“男は亭主関白で仕事をし、女は黙って家を守っていろ”というのが当たり前であった。勿論そんな横柄に振舞っていた亭主ばかりではなかっただろうが、俺の場合はまさにその典型。家族には本当に迷惑をかけたと思う。特に、仕事がうまくいかないとすぐ酒に逃げて、暴力こそ少なかったが妻に娘にと当り散らすような駄目男だった。今から思えば本当に、よく見限られなかったものだと思う。  自分がどんどん若い姿に、弱い子供に戻っていくのを感じながら。俺は、自分もまたちっぽけな人間にすぎないことを思い出したのだ。  此処に来たばかりの人間の多くは、死んでしまった事実にショックを受けてふせぎこんでいたり、状況が飲み込めず戸惑っていることが少なくない。しかし、先に天国にいた“先輩”達は、みっともないジジイであったはずの自分を恐ることなく、小さな身体にもかかわらず優しく接してくれたのだった。将棋や囲碁を教えてくれた“先輩”もいたし、天国のインターネットの面白さを教授してくれた“先輩”もいた。小さくなっていく身体に戸惑い、弱くなる自分を嘆いていたのを助けてくれたのは、一緒に死んだ妻のヤエである。昔は自分も、多くの人に助けられていたことを忘れず、日々感謝をして過ごしていたはずだったのに――いつからそんな当たり前のことを見失ってしまっていたのか。  この天国の温かい環境は、思い出させてくれたのである。  同時に。――そんな人と人との繋がりを信じられず、自ら断ち切ってしまった己の罪と後悔も、また。 「……ありがとよ、カツヤ、レツヤ」  カツヤの頭を小さな手でぽんぽんと叩きながら、俺は告げる。 「わかってんだ、俺は。本当は、ミドリの門出を見送る資格なんか俺にはねぇって。だって俺が全部悪いんだ。会社潰しちまったのも、アル中になったのも、最後の最後で最悪の選択をしちまったのも。……あいつだって本当は、俺のこと恨んでたはずなんだ。だって俺ぁ……」 「おやっさん」  そんな俺に。同じく元酒浸りで、それでも俺よりずっと広い心を持っていた男は返してきたのである。それは。 「人を意味もなく恨んじゃ駄目だけど。……誰かの幸せを祈るのに、理由はなくていい思うんだよな。おやっさんは、そうは思わねえ?」 「カツヤ……」  ごうごうと響く雨音の中。強靭な肉体を持つ二人は、水浸しの道路をどんどん駆け抜けていく。  目指すは、鏡の孤島、その橋の麓だ。
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