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「痛ぇ」
高校二年の今までサッカー一筋だった。
大事な試合だったのに。
負けたのは俺のせいではないかもしれない。でも、俺のせいかもしれない。
思い出すと悔しくて涙が浮かぶ。
あと5分俺が動けていたら……!
無様だ。怪我で退場で終わるなんて。
手術は明日。手術後は2日間入院だそうだ。
「痛ぇ」
もう一度うめく。
こんなはずじゃなかった。
サッカーで推薦入学で入った高校。一年の時からレギュラーに入った。順調に成績を残して、俺は高校の中では有名なプレイヤーになっていた。そんな俺が。こんな。
慣れない松葉杖だとトイレさえ遠く感じる。
ふと視線を感じて顔を上げると、病的に色白で、さらさらな黒髪と勝気な大きな瞳を持った少女が俺を見つめていた。
一目惚れなんてないと思っていた。
でもその瞬間俺はもう恋に落ちていた。
「涙、出てるよ」
やや紫がかった唇がそう言葉を紡ぐのを見た。俺は慌てて目元をこする。
「大丈夫?」
俺は彼女の言葉に、
「大丈夫」
と強がって言った。痛いのは足じゃない。
それより今を逃してはいけない。この子に言わなきゃ。今度いつ会えるか分からないのだから。
「一目惚れしました。付き合ってください!」
彼女は一瞬呆けたように口を開けたけれど、次の瞬間笑い出した。
「うーん、25点ね」
彼女の言葉に今度は俺が口を開ける。
「自分の名前も名乗らない。私の見かけだけで私を好きになったと思い込んでる。今の君は25点。そうね。100点になったら付き合ってもいいよ」
不敵に笑って言った彼女。その見た目にそぐわない勝気な態度がますます可愛いと思った。
「お、俺は坂口智治。一目惚れはダメだってのか? だって好きになったんだから仕方ねえだろ? 君は名前は?」
「相楽茉由利≪さがらまゆり≫よ。坂口君と同じ明誠学園」
「え? なんで学校……」
俺は相楽さんに指さされた自分の制服を見てなるほどと思った。
「それに、坂口君、有名だもの。それにしても松葉杖、大変そうだね。部活で半月板でも痛めた?」
「ああ。断裂してしまって、明日手術。その後2日間入院だってさ。退院後はここにリハビリに通うんだ」
相楽さんは嬉しそうに笑った。
「じゃあまたきっと会えるね。私もしばらく入院だから」
俺はその言葉に複雑な気持ちになった。会えるのは嬉しい。でもしばらく入院って。
「どこが悪いの?」
「さあ、どこでしょう」
相楽さんは当ててごらんなさいとでも言うように鼻を鳴らした。俺は少し考えて、
「えーっと、心臓?」
と言った。
「え? よく分かったね」
相楽さんは驚いたように目を見張った。
「少し血色が悪いから、貧血か心臓かなと」
「ふーん。なかなか良く見てるから、今ので30点にしてあげる」
「どうも」
ニカっと笑って言った俺の顔を相良さんはまじまじと見た。
「私、心臓病なんだよ? それも結構重い。坂口君は、その……」
相楽さんの勝気だった目がうろうろと不安げに泳ぐ。
「うん。その?」
「私のこと、可哀想とか、同情、しないの?」
「して欲しいの?」
俺の返事に相楽さんは大きく頭を横に振った。
「俺が同情したって相楽さんの病気は治らない。それに、俺だってこの足、同情されたくないし。病と懸命に闘って生きてる相楽さんに失礼だろ?」
俺は相楽さんの目を真っ直ぐ見て言った。相楽さんの瞳が水の膜を張ったように光るのを見た。
「あ、ありがとう。坂口君て初対面でいきなり告白してくるから、軽い人かと思った。50点。悪い人じゃないのが分かったから」
「お、かなり上がった! でもまだ50点か。先は長いな。俺、諦めの悪い人間なんだ。必ず100点にしてみせるよ。その前に、トイレに行かせてくれ」
俺の言葉に相楽さんは心底楽しそうに笑った。その笑顔は少し幼く見えて可愛かった。
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