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 相楽さんの病室を出たところで一人の女性とぶつかりそうになり、俺は、 「すみません」  と言って松葉杖を引き寄せた。彼女ははっとしたように俺を見て、病室に入ろうとしていた足を後ろに退げた。俺が松葉杖を使って一歩、二歩と自分の病室へ戻るために歩き出すと、どこか相楽さんに似ているその女性は、 「あの……」  と遠慮勝ちに声をかけてきた。 「はい?」 「少しお時間いただけませんか?」  彼女はすがるような目で俺を見つめている。俺は不思議に思いながらも頷き、彼女が歩き出した方へとついて行った。  彼女は相楽さんの病室から少し離れた談話室で足を止めて、あたりを伺うように見回してから俺の方を向いた。 「突然すみません。貴方は茉由利のお友達? 私は茉由利の母の紘子と申します」 「ああ、お母さんですか。俺は坂口智治と言います。えっと、お友達というか知り合いというか……同じ学校の者です」  俺は相楽さんとの関係が自分でも分からずに曖昧に笑う。 「そう……。茉由利が病室に誰かを呼ぶなんて珍しいから思わず声をかけてしまったの。ごめんなさいね」  紘子さんは目に落胆の光を一瞬宿して、慌ててそれを隠すように笑った。 「いえ。構いません」 「その……茉由利の病気のことはご存知?」 「いや、詳しくは知りません。心臓が悪いというのは聞いたんですけど」  紘子さんは少し迷うように瞳を左右に動かした。そして覚悟を決めたように俺を見た。 「茉由利の心臓病はかなり重くて、高校にも満足に行けず留年していて、友達という友達がいないみたいなの」 「そう、なんですか?」  俺は頭を軽く殴られたような衝撃を受けた。 「それで、こんなことを貴方に頼むのは申し訳ないのだけれど……」 「あ、大丈夫ですよ。友達になれると思いますから」  俺は紘子さんの言葉が終わらないうちにそう答えていた。紘子さんは驚いたように俺を見て、 「ありがとう」  と言ったが、その表情は固かった。  用がそれだけならと、 「では失礼します」  と俺が言って松葉杖に力をかけようとした時、 「待って」  と紘子さんが声を上げた。 「あの。茉由利を説得して欲しいんです」 「え?」  俺は再び紘子さんの方を向いた。紘子さんの目は切羽詰まって涙で潤んでいた。 「茉由利の心臓は手術をしないともう限界なの。今までも何度も手術をする様に言ってきました。でも、茉由利は手術はしないと。長生きしなくていいと言って聞かないの」  俺はきゅうと心臓を掴まれたような感覚に陥り、唾を飲んだ。周りのざわめきが聞こえなくなる。  そんなに、悪いの、か? 「お願い。坂口君からも説得してください!」
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