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「約束通り来てくれたね!」
相楽さんは曇りのない笑顔で俺を迎えた。
「天気もいいし、きっと綺麗に見られるよ! 階段上がらなきゃだけど、頑張ってね」
「うん……」
俺は相楽さんの目を真正面から見ることが出来なくて、返事だけをする。
俺よりも相楽さんの方がずっと階段を上がるのがしんどいのではないかと不安にもなった。
「坂口君? どうかしたの?」
「いや、別に。階段、ちょっときついなと思っただけ」
俺は即座に答えて、相楽さんの後に続いた。
さすがに四階半まで上がるのはきつかった。階段は幅が狭いから松葉杖と相性が悪い。慎重に上る俺の隣で、息を切らしている相楽さんがいた。俺は花火より、相楽さんの心臓が気になった。
休み休み上がって、フロアに辿り着く頃には、汗が首筋を伝ってTシャツの襟ぐりを濡らした。
「病室からも見えるんだけど、人がいるし、ここの方が綺麗に見えるんだ」
相楽さんはまだ息が上がったままだ。スマホで時間を確認している。
「あと5分だね」
相楽さんの言葉に一瞬どきりとした。サッカーで負けたあの日が頭をよぎる。
あと5分。されど5分だった。
俺は。俺なら。
「相楽さん。なんで手術、受けようとしないの?」
相楽さんの肩がぴくりと上がり、その勝気な目がゆっくりと俺を見上げてきた。
「手術のことなんて話したっけ?」
相楽さんの顔には薄い笑みが浮かんでいたけれど、目は笑っていなかった。
俺は一瞬その目から逃れるように視線を逸らして、
「相楽さんのお母さんから聞いたんだ」
と答えた。
「そう」
とだけ相楽さんは言った。その顔色を窺うように俺が視線を向けると、相楽さんは窓の方を向いていた。
「私、花火好きなんだ」
「それは聞いたよ」
「うん。言った気がする」
それきり相楽さんは黙った。
俺は手術についての答えを聞きそびれて、他に言葉も浮かばず相楽さんの横顔を見ていた。
血色は良くない。それでも気丈でいて、どこか悟ったようなその横顔をとても美しいと思った。
ドン!
突如、空を叩くような音と衝撃があり、驚いて窓の方を見ると、思ったよりも近くで大輪の花が開いて散っていくのが見えた。
「始まったね」
俺と相楽さんはしばらく夜空に咲く花を眺めていた。花火は何度か見たことがあるけれど、こんなに切ない気持ちになったことはない。綺麗すぎて痛かった。
「綺麗。私は、花火みたいに生きたいんだ。一瞬なのに心にこんなにも感動を残す。私もそれでいい。長くなくていい。輝いて死ぬの」
相楽さんの言葉。花火を見つめる相楽さんの目はとても澄んでいて、俺は既視感を覚えた。生きるのを諦めた、硝子のような目。二年前に亡くなった祖父の目に似てるのだと気付いた時、自分でもよく分からない感情が胸を圧迫して、俺は息を吐いた。
好きな人と一緒に見る花火。こんな苦しい気持ちになるなんて。
俺は最後の方は相楽さんも花火も直視出来ずに、松葉杖の先を見ていた。
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