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九月十一日(金)
久々の登校だった。
最初はぎこちなく接してきたクラスの面々も、すぐに腫れ物に触るような態度はやめた。
俺の様子がいつもと大して変わらないと気付いたようだ。
定型の挨拶をしたり、昨日の授業の内容を尋ねたりする中で、俺自身も人とどのように接していたかを思い出していった。
こうして、死んだ人間のことを忘れて行くのだな、と前の机の上を飾る、花瓶と花を見ながら思う。
一方で、一つ分かったことがある。
影で一部のクラスメイト達が歩の死の原因の憶測を立てていることだ。
憚って声は抑えているのだろうが、教室という空間はある程度声が通る。
それを盗み訊いた感じ、クラスの中では『歩は少女の霊の噂の当事者だった』と思われているらしい。
大方、文芸部の話がクラスの面々に流れたのだろう。
既に話すことのない人間の過去を、どうして予測なんてできるのだろうか。
あの瞬間、何を感じ、考えていたのかなんて、歩にしかわからない。
それを予想できると思っている、その傲慢さに、反吐を吐きたくなるようなムカつきが、喉元までせり上がっていた。
ホームルームが終わり、授業の準備をしているところを皆川に呼ばれた。
「野々市、ちょっと」
招かれるまま廊下に出ると、皆川と西念が二人で窓辺に立っている。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫です。ご心配お掛けしました」
答えつつ、皆川の後ろに待機している西念をチラリと見る。
西念は特に俺に関心がないようで、窓の外から中庭で声を上げる生徒を眺めていた。
「気分悪くなったらすぐ言え。別に辛かったら帰ってもいい。とにかく、無理だけはするな」
頷く。
皆川は普段全てに大雑把な教師だったので、その言葉は少し意外だった。
あと、と担任は続ける。
「すまないが……お前が休んでる間に、演劇祭の新しい監督が笹岡に決まった。いいよな?」
前言撤回。やはり大雑把だ。
この状況で俺が「嫌です」と、言えると思っているのだろうか。
「……わかりました」
何とかそう絞り出した声は、掠れている。
正直、悔しさが勝った。何故歩が必死でもぎ取った役職を、笹岡が引き継がねばならないのだろうか。沸き起こった怒りは、腹でグルグルと渦を巻いた。
クラスの意向で脚本は変更せずに実施することになった、と皆川は続ける。それだけが唯一の救いだった。
満足したのか、皆川は一通り話すと、職員室の方へ戻っていった。西念も付いていくと思ったが、何故かその場に残って俺を見ている。
「……何見てるんですか」
イラついてそう言うと、西念は口を開いた。
「お前、変なこと考えていないだろうな」
少しドキリとした。顔に出ていないか心配になるが、多分大丈夫なはずだ。
「仰っている意味がわかりません」
西念は俺の態度に対して快も不快も表さず、俺に近づいてきた。
「……下手に首突っ込むと、痛い目に遭うぞ」
一言。耳元でそう言うと、西念は皆川の後を追うように……にしてはゆっくり、歩き去った。
――脅しかよ。
心の中でそう毒づく。あいつに何がわかるっていうんだ。
教室の扉を開く。
脅しを受けようと、疑問を晴らさずにはいられないのだ。
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