九月十五日(火)

1/6
前へ
/50ページ
次へ

九月十五日(火)

 性格と態度はアレだが、西念の授業はが無い。  一年生の時にやって来た教育実習生はもう少し、たどたどしいというか、生徒に伝わってくる緊張感があった気がする。  火曜……―歩の通夜から一週間が経った倫理の時間。  初めて西念の授業を受けながら、俺はそんなことを考えていた。  既に先週、他のクラスではお披露目(ひろめ)されていたという西念の授業は、生徒の間でも(すこぶ)る人気だった。  勿論、教師と生徒の相性もある、と思う。  西念には教師特有の緊張感がなく、皆川と同じような気安さで授業が行われた。  教科書に書いてある情報は網羅(もうら)しながらも、その情報が覚えやすいような背景情報も交えるし、だからと言って話し過ぎて授業時間からはみ出すことも無かった。  悔しいけれど、西念は実習生としてかなり優秀らしい(正直、皆川よりも授業内容に興味を持てた)。  俺は、それは西念の年の功だと思っていたけれど、彼の取り巻きの女子曰くそれだけではないようだ。 「西念先生、バイトで予備校の授業も受け持ってるらしいの。それも社会科系」 「へーじゃあ、教えるの慣れてるんだ」 「そうそう。それに、大学で教授の授業のアシスタントもしているんだって。クールに見えるけど意外と研究熱心だよね」  ……ティーチング・アシスタント、というんだったか。  教授が優秀な学生に授業のサポートに入って貰う制度、だったと思う。  取り巻きの女子が友人の輪の中に戻っていくのを見ながら、何とも苦々しい気持ちで、奥歯を噛み締める。  嗅ぎ廻られた腹いせのつもりで行った素性調査だったが、掘り返しても出て来るのは奴が優秀だという証拠のみ。  それが癪に障る。  ロッカーに近付き、生物の教科書を取り出すと、廊下へ出る。  傍から見れば、西念は少しやる気は無さそうに見えるが、生徒の指導は手を抜かない優秀な実習生、という評価になる。  では何故、その優秀な実習生が、俺のやることについて口を出してくるんだろう?  我が身を思い返すが、原因といえば一つしか思い浮かばない。  学校の怪談調べをしている生徒。危険そう。それだけ。  そんなの普通であれば、おかしな生徒のおかしな趣味として流せるはずだ。  それを、西念は執拗(しつよう)に「止めろ」と言ってくる。  あの朴念仁は、俺が何を調べているのか知っているのだろうか。それで、俺のやることなすことに茶々を入れてくるのだろうか。  いや、違う。  もし、知って警告をしているのなら、物言いはもっと直接的になるはずだ。「あれをするな」とか、「これは危険だ」とか。  それは今の所無い。  だとしたら、奴は俺が探っているものがどんな危険に結びつくかは知らない、ということになる。  結局のところ、奴は実習の点数稼ぎをするために、俺の怪しい行動を止めたいだけではないのか。  そんなことを考えながら南棟へと移動していると、渡り廊下の窓から、図書室の様子が見えた。  授業時間のため、窓際の席に生徒の姿は無い。  中井さんの言葉を思い出した。  西念は学校……―それも自分の一度通った母校の歴史を調べていたという。  何故、そんなことをする必要があったのだろうか。  その時、予鈴が鳴り、俺は慌てて駆けだした。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

129人が本棚に入れています
本棚に追加