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九月十五日(火)
性格と態度はアレだが、西念の授業はそつが無い。
一年生の時にやって来た教育実習生はもう少し、たどたどしいというか、生徒に伝わってくる緊張感があった気がする。
火曜……―歩の通夜から一週間が経った倫理の時間。
初めて西念の授業を受けながら、俺はそんなことを考えていた。
既に先週、他のクラスではお披露目されていたという西念の授業は、生徒の間でも頗る人気だった。
勿論、教師と生徒の相性もある、と思う。
西念には教師特有の緊張感がなく、皆川と同じような気安さで授業が行われた。
教科書に書いてある情報は網羅しながらも、その情報が覚えやすいような背景情報も交えるし、だからと言って話し過ぎて授業時間からはみ出すことも無かった。
悔しいけれど、西念は実習生としてかなり優秀らしい(正直、皆川よりも授業内容に興味を持てた)。
俺は、それは西念の年の功だと思っていたけれど、彼の取り巻きの女子曰くそれだけではないようだ。
「西念先生、バイトで予備校の授業も受け持ってるらしいの。それも社会科系」
「へーじゃあ、教えるの慣れてるんだ」
「そうそう。それに、大学で教授の授業のアシスタントもしているんだって。クールに見えるけど意外と研究熱心だよね」
……ティーチング・アシスタント、というんだったか。
教授が優秀な学生に授業のサポートに入って貰う制度、だったと思う。
取り巻きの女子が友人の輪の中に戻っていくのを見ながら、何とも苦々しい気持ちで、奥歯を噛み締める。
嗅ぎ廻られた腹いせのつもりで行った素性調査だったが、掘り返しても出て来るのは奴が優秀だという証拠のみ。
それが癪に障る。
ロッカーに近付き、生物の教科書を取り出すと、廊下へ出る。
傍から見れば、西念は少しやる気は無さそうに見えるが、生徒の指導は手を抜かない優秀な実習生、という評価になる。
では何故、その優秀な実習生が、俺のやることについて口を出してくるんだろう?
我が身を思い返すが、原因といえば一つしか思い浮かばない。
学校の怪談調べをしている生徒。危険そう。それだけ。
そんなの普通であれば、おかしな生徒のおかしな趣味として流せるはずだ。
それを、西念は執拗に「止めろ」と言ってくる。
あの朴念仁は、俺が何を調べているのか知っているのだろうか。それで、俺のやることなすことに茶々を入れてくるのだろうか。
いや、違う。
もし、俺が何をしているのか知って警告をしているのなら、物言いはもっと直接的になるはずだ。「あれをするな」とか、「これは危険だ」とか。
それは今の所無い。
だとしたら、奴は俺が探っているものがどんな危険に結びつくかは知らない、ということになる。
結局のところ、奴は実習の点数稼ぎをするために、俺の怪しい行動を止めたいだけではないのか。
そんなことを考えながら南棟へと移動していると、渡り廊下の窓から、図書室の様子が見えた。
授業時間のため、窓際の席に生徒の姿は無い。
中井さんの言葉を思い出した。
西念は学校……―それも自分の一度通った母校の歴史を調べていたという。
何故、そんなことをする必要があったのだろうか。
その時、予鈴が鳴り、俺は慌てて駆けだした。
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