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結局、笹岡は同級生たちの勧めで帰ったようで、俺が再び作業に合流した時には、既に学校にいなかった。
俺は安心したような、少し不安なような気持ちで、再び接着剤を手にした。
待ち合わせの時間を迎え、校門で再び見えた俺達は、特に話をすることもなく、歩の気に入っていた、近くのカフェに移動する。
近くの高校も大学も学園祭前なので、準備中の学生がいてもおかしくなかったが、幸い席は空いている。
奥の席を陣取ると、西念はメニュー表を開いた。
周りにはパキラや、葉の大きな観葉植物が配置されていて、周囲からは少し見えにくい。
安心して話ができそうだ。
「……実習生とはいえ一人の生徒だけ構ったら、何か言われないんですか?」
「さあ。あまり褒められたことではないかもな。けど皆川先生自身が『野々市のことよろしく』って言ったんだから、いいんじゃないか?」
さっき皆川が言っていたのはそれか。彼は自分から生徒の問題に口を突っ込むが、具体的な解決方法は提示しない(できない)タイプの教師だ。彼らしいといえば、彼らしい。
「一点、前置きしておくことがある」
西念が言った。首を傾げる。
「何でしょう?」
西念はメニュー表を見続ける。
「俺は幽霊とかお化けとか、そう云われる類のものは見えない」
「はい?」
素っ頓狂な声が出た。
自分で協力すると豪語するなら、普通何か能力があるはずだろう。
「だから、俺は除霊とか、お祓いとか、そういったことは一切できないし、しない」
無表情で、しかし自信満々に言う西念に、頭を抱えそうになる。それでは短期間の解決は臨めない。
「じゃあ、どうやって解決するんですか?」
「原因を探る」
「は……?」
一瞬意味が解らなかった。
「全て、というわけでは無いが、怪異には何かしらの原因があることが多い。
とある会社に幽霊が出る、と仮定してみよう。
調べてみたら、幽霊は社員の一人に恨みがあったとわかる。その場合は、原因が除去できる可能性がある。その社員を左遷すればいい」
それは極端じゃなかろうか。労基的にもアウトそうだ。
「状況は同じでも、その幽霊は以前からその土地に出るとわかったとする。そうしたら、俺には打つ手なしだ。他を当たるか、会社を引っ越すしかない」
「つまり、できることと、できないことがある、と」
西念はメニューをテーブルへ放った。
「そういうことだ。同じことで、お前が追っている怪異が、完全に気まぐれかつランダムに起こるなら、俺には対処のしようがない。解決できない場合は、焼肉はいらない。
しかし、怪異が何か規則性と動機を持って起こるのならできることがあるかもしれない。それでもいいなら、手伝う」
「……てか、俺が何を調べているのか知らずに、協力するとか言ったんですか?」
「そこら辺は勘だな。お前の嗜好を知って、行動を見れば大体わかる」
変態だ。人の嗜好と行動から、調べていることの検討をつけるとか、ただの変態だ。
けれど、こいつのスタンスはわかった。
西念は俺と同じ、ただの人間なのだ。ただの人間が、ただの人間なりに足掻いてみる。そういう話だ。
「……焼肉、奢らせてくださいね」
言いながら、俺はメニューを引き寄せた。
制服の少女の霊の噂について。歩の死のこと。それ以前の彼の言動。少女の噂が立つ年の九月に出る、複数の生徒の犠牲。
そして、少女の霊が次にターゲットにしているのが、笹岡であること。
一連の話を俺が終えても、西念は黙ったままだった。
「……先生?」
「ああ、悪い。だいぶ逼迫した状態なのに不明な点が多過ぎて、頭痛くなっていた」
こめかみを抑える奴の仕草が癪だったが、気を取り直して尋ねる。
「実際、どこから手をつけていいかわからないです」
俺が溜息を吐くと、机を指でトントンと叩きながら、西念は尋ねた。
「少女の霊の仕業だと仮定して、笹岡が死ぬまでに、どれくらいの時間が残されているかわかるか?」
「正確には不明です。過去の生徒は全員九月に亡くなっていますが、日付はバラバラです。かつ、田中先生の話からの情報でも、生徒がいつ少女の霊を見たのかはわからないです。
辛うじて予想が付くのは、歩の場合ですね。文芸部員の話からすると、少女の霊を見てから一週間強というところだと思います」
「同じだとすると、時間がないな。来週の木曜と言ったところか」
そういうことだが、その期限も非常に不明確だ。時間は残されていないのに、噂の経緯は何も浮かんで来ない。先の見えない不安に、鳩尾の辺りが押されるような感覚になった。
コーヒーを飲んだ西念は、頬杖をついて言う。
「田中先生に何か貰ったんだろ?」
「はい。以前亡くなった生徒のリストですけど」
「見せろ」
依頼をしてから、西念の態度は途端に横柄になった。眉を寄せ、お爺ちゃんに貰ったリストを突き出す。
「複数人の死人が出ている事例は四例。最後は、十五年前か」
「その時のことは真宮先生に訊いてます」
「その前が二十一年前。二人」
「はい」
次の被害者が出るかもしれないという状態で、改めて過去に起こった事実を突きつけられると、さしたる高揚感も無い。お爺ちゃんに話を訊いた時に興奮していた自分が大馬鹿のように思えた。
「……三十三年前……四十二年前……」
西念はまだ何かブツブツと言っている。
そして、急に顔を上げ、まっすぐに俺を見た。眠そうな目はそこに無い。
「死人が出る年は演劇祭の年で合ってるか?」
慌ててリストを西念から受け取る。
最初は十五年前。それが三人。鵜川、伊藤、相生の三人の女生徒が亡くなっている。次が二十一年前。三十三年前に一度。四十二年前。
中止などが起こらなければ、全ての年で演劇祭が執り行われているはずだった。
「……少女と演劇祭の関連性はわかんないけど、そこから攻めるしかないですね」
西念はコーヒーを啜った。
そして、暫く黙っていたかと思うと、「もう一つ共通点があるな」と言った。
俺は首を傾げる。
「牛尾と笹岡についてだ」
「あの二人に?」
西念はむっつりと頷いた。
「二人とも、うちのクラスで演劇祭の監督を勤めてる」
その可能性は、今日、笹岡が少女の霊を見ると判った時点で頭を過ったことだ。
もしそうなら、複数人死人が出ることも説明ができる。呪いは、ランダムで選定されたクラスの、演劇監督に伝染していく確率が高い。
「……その他のプロフィールに共通性が見られたりは……」
「一見すると無いな。
現に、田中先生のリストでは死者が出るクラスはランダムだ。文系理系の偏りも、学年の偏りも無いと言っていい。
死んだ全員に関する情報はないが、部活についても偏りは感じられない。強いて言えば、文化部が少し多いが……まあ、念のため調べるか」
そう言ってスマホを取り出すと、奴はリストを写真に収めた。そうして、リストの原本を俺に寄越す。
「何するんですか?」
「ちょっとな。
とりあえず、お前は笹岡にいつから少女が見えるのか訊け。
それ次第で、死の期限が変わって来る可能性がある。あと、演劇祭のことについても調べろ」
「演劇祭のことって言ったって……」
「新聞部、調査はお手の物だろ。
演劇祭の歴史とか、資料の在処を知ってそうな奴に当たれ」
そう言うと西念は、伝票を持って立ち上がった。
俺は急いでコーヒーを飲み込むと、西念の後を追う。
コーヒーはなんだか美味しくなかった。
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